
最近、このブログのアップが滞りがちなんだが、読書感想などを書いたのはいったいいつが最後だったか? 決して読んでいないわけじゃないんだがなぁ。
先月から開高健のベトナム3部作を読み始めてる。
この『輝ける闇』に始まり、『夏の闇』『花終る闇』と続くのだが、けっこうドロドロとした表現が随所に出てくる。特に戦場での場面や女性との夜の営みにかかるあたりは、よくぞそんな風に書けるものだとちょっと驚いた。
彼の作品はこれまで『オーパ!』などの自然に関するものとか『開口閉口』などのエッセー集などしか読んでいなかったので、ちょっと彼に対する認識が変わった。
確か彼のエッセーの中で読んだのだと思うが、開高健をカイコウケンと読まずにカイタカケンと読んだ人がいたそうで、彼はそれを「書いた書けん」じゃ困る…みたいな事を書いていたけど、なになにこのベトナム三部作、とっても書けています。





北杜夫といえば『どくとるマンボウ』シリーズが一番知られていると思うけど、私は彼の作品を読んだことがなかった。この『楡家の人びと』に我が家近所のことが頻繁に出てくるというので、初めて彼の作品を読んだ次第なのだ。




それ故に文章を読むときには注意も必要となる。思考停止状態で読んでいると、主張も事実なんだと勘違いしてしまう恐れがある。特にネットの中のものは重々注意して読まないと、事実と思わせるガセがゴロゴロしてるから、それをもとにした主張などは超危険な存在だ。
余計なことは考えんでおこう。









この本は挫折ではなく、文章の稚拙さに耐えきれずに半分ほど読み進んだけど駅のゴミ箱に投げ捨てた。
そしてまたも勧められ、躊躇したけども読み進み、なんとか読破出来たのがこれ、「蒲生邸事件」。この作品も、書かなくても良いだろう描写が多くて途中で何度か嫌になったのだけど、今回は頑張って読了した。
ここ数年、残念ながら色んな文学賞受賞作品をトンと読んでいない。いつの頃からかは忘れたけれど、たびたび期待を裏切られているからだ。本屋(古本屋ばかりだけど)に行っても、結局昔からのファンの作品しか手に取らなくなっている自分がいる。なんか寂しいなぁ。ガツン!と心に響く作品に巡り会いたい。
さて。

先日書いたけど、若い女の子に薦められた東野圭吾の作品が私には
5年ほど前からチャンスがあったらパプアニューギニアに行こうと虎視眈々と狙っているのだが、フライトスケジュールが私のカレンダーと合わず、行けないでいる。
」と告白され、思わず「お前なんか大嫌いだぃ!」と言っちゃって泣かしちゃったような過去は、その時に戻って「ごめんね。もう付き合ってる人がいるの」と嘘言って断ることは可能だそうな。(タカラガイ注=私には女の子泣かしちゃった過去なんてありません!)
だから私にとってその彼との出逢いはとても新鮮だった。
私は父の過去をほとんど知りません。
しかし、読み進むうちに途中で結末はすぐに想像できた。そしてちょっと飽きてしまったのも事実だ。馳星周にしては筆に力がこもっていないし記述が被るのだ。(記述がカブるのは、この小説がウェッブ連載されたものだと後で知り納得した)。
どうしても肌に合わない人っているもんだけど、私にとっては高倉健という役者がそれ。





この本のあとがきに、「若い頃は海外旅行なんて軽薄だ、と思っていた…」と筆者・武田和弘氏が書いていた。
ところが半分ほど読み進む内にグイグイと引き込まれ、「いったい誰の作品?」と改めて中表紙をめくったら横山秀夫だった。「なるほどなぁ。さもありなん」と思った。

少しでも暑さを忘れさせてくれと、2冊本を買い求めた。まずはそのうちの1冊「心に龍をちりばめて」。