忘れ物の話しです。でも、何かを無くしたとか、何かが見つからないとかの話しではありません。そんな話しでしたらこの一週間分だけで延々と書き連ねることが出来ます!(そんな事を自慢げに書いてどうする
そんな事じゃなくて、忘れ物といっても、何か物を無くしたとかいうのではなくて、何かやり残したこと、まぁひと言で言えば悔いが残ってるようなことです。
そうそう、岩崎宏美の『思秋期』にある青春は忘れもの 過ぎてから気がつく~みたいなやつです。

で、わたしの場合はやっぱり初恋です!





なんて書くと当然、

ブ~! とブーイングの嵐でしょうな。

そんな事は書きませぬ・・・・・。

私にとって今でも悔いの残ることは学生時代にインドに行けなかった・・、いえ行かなかった事です。
私は大学時代にインド思想を学んでいました。なんでそんなモンを勉強する気になったか、を書き始めると脱線し元に戻れなくなりそうなんで、理由の方は後日のネタにするとして、そのような事を調べたり学んだりするとどうしても原書、つまりヒンディー語を解さなくてはなりません。
一生懸命勉強したんですよ、ヒンディー語。自慢しちゃいますが、その時のゼミのクラスで私が1番だったんですよ!

クラスメートはたった5人だけでしたが

で、インド思想を勉強するうちにインドそのものに興味を持つようになっていって、どうしても行きたくなったんです。
インドに行くことを目標にアルバイトも始めたのですが、結局行きませんでした。
オートバイでの日本一周に出てしまったのです。「日本も知らないで外国へいってド~スル!」なんてほざいてましたナ、その時。
今でも日本を知らずして・・・の考えに変わりは無いですが、社会人になってからず~っと悔やんでます。なんであの時に行かなかったのかと。

もちろん今でもインドに行こうと思えば行けるでしょうけど、私が見たかったインドはホテルの窓から眺めるようなものではなくて、一夜をインド人と一緒に地べたで寝て過ごすような、死体も流れて来るというガンジス河に入って沐浴する人の隣りで足でも洗ってみるとか、レストランで右手で食材をこねながら食べてお腹を壊すとか、そんなありのままのインドを体験したかったのです。
こればかりはもう出来ません。この歳でエベレストに登るようなものです。

アマゾンにも死ぬまでには行ってみたいと、ずっと思ってるのですが多分実現することはなさそうです。
きっと死ぬ間際に悔いるんだろうなぁ。

せめてずっと言い続けてきた夢くらいはトライしようと思ってる今日このごろなのです。たとえ失敗しても。
でも自分の性格からすると、失敗しちゃうと「あ~、やっぱりやらなけりゃ良かったのにぃ~」ときっと悔いるんです、間違いなく! 
でも、どっちに転んでも悔いが残るんだったらやっぱり挑戦するべきなんでしょうね。第一、失敗するって決まってるわけじゃないんだから。




夢を見たなら実現に向けて一歩を踏み出さないと。
夢を布団の中でしか見られなくなったらおしまいですよね。

ところで上の動画の中で最後の方に登場してきたネコちゃん、キン◯マこちょこちょされて喜んでいたいたような・・・・・。
アッ! 無視してください。戯言ですから。