ボラカイ島で潜ってきた。今年の初ダイブを堪能する予定だった。
しかし、2日目のダイビングで「あわや!」という事態に遭遇した。

なんと1日に2回のロストを体験したのだ。私はいま、全身の筋肉痛と腰部および臀部の打撲痛の中でこれを書いている。

その日はボラカイでは有名(らしい)ポイントへ遠出ということで、ショップへの集合は早朝6時。ポイントまでは90分、時には180分かかることもあるという。ショップで朝食を摂り、昼は目指すポイント近くの島(マニンニン島)に上陸して摂るという。

結局、90分ほどでポイントには着いた。その時のダイバーは私を入れて8人。ショップを仕切るイントラと現地ガイド、そして現地クルー3名の計13名がバンカーボートに乗っていた。

1本目。私ともう一人は先に潜行してボート・アンカー周辺で待っていてくれという。彼はこのショップのリピーターらしく、ショップのスタッフともかなり打ち解けていたし、ボラカイの海にも詳しかった。前日のダイビングでもそうだったけれど、私と彼はいつも先に潜行していた。

バックロール・エントリーした瞬間、かなりの流れがあることに気が付いた。秒速2~3mほどだったと思う。
「マズイ!」と感じて頭から一気に潜行した。水深は底まで約8m。海底でも流れはきつく、私と彼は岩やサンゴにつかまって(本当はいけないけど)アンカーを目指していた。
手を怪我したくなかったので、私はBCDから手袋を取りだし、装着しようとしていた。手袋に目がいっているときに「カ~ン!」という物凄い大きな音がした。周囲を見回すと、先にいたはずの彼の姿もアンカー・ロープも見えない。

ワケが判らなかったけれど、とにかく前に進もうと、岩やサンゴにつかまり必死でフィンキックを続けていたら、頭上を船が進んでいく。どうやらアンカーが外れたらしい。
カ~ン…という音は、外れたアンカーが私のタンクに当たったのだ。少しずれていれば大けがをしたところだった。たまたま手袋をしようと手元(下)を向いていたのが幸いした。

再度、投じられたアンカーにやっと辿り着いて、少し呼吸も楽になってきた頃「この流れではビギナーは無理だ」と思った。確かライセンス取得中の女性ダイバーがいたし、関西からの母娘ペアは30本ほどしか潜っていないと船上で聞いていた。

鯉のぼり状態でアンカーに捕まっている内に、ここに皆が集まることは不可能だと感じた。
「ドウシヨウ? ナガレニ、ミヲマカセテ、ナガレテミルカ?」。

5分ほど思案しながら待ち、結局わたしはロープを伝って浮上することにした。船上でクルー達が「ベリー・デンジャラス」と漏らすのを聞いた。

30分ほどして沖合にフロートが上がった。全員が一緒だった。先発した彼は、アンカーが外れた時に一緒に後方へ流れ、後発と一緒になったようだった。

自分に非は無いとは思ったけれど、「ご迷惑をおかけしました」とショップのイントラに言ったら、「流れが速くなるような時間帯じゃなかったのに…」という言葉が返ってきた。
わたしに対する言葉はそれだけだった。


船上で1時間ほど休息しての2本目。またしてもロストとなった。今度は全員が漂流した

同一のポイントに潜った。ライセンス取得中(多分)の女性は船上に残った。
今度は全員一緒にバックロール・エントリーしたが、意に反して流れはほとんど無くなっていた。軽い流れの中、ゆったりとしたドリフトを楽しんだ。

トラブルは安全停止を終えたあと、海面で起きた。波が物凄いのだ。高さ2mほどの波が頭から被さってくる。
フロートを2本上げ、ホイッスルを何度鳴らしても、船の姿は見えない。流れも少し出ていた。

私達はお互いのファースト・ステージに捕まり合っていたけれど、2組に分かれてしまった。
2組の距離はどんどん離れていく。

1組はショップのイントラとリピーターの彼、そして関西の母娘ペアの娘さん。
私の組は現地のガイドとカップル、関西のお母さん、そして船上に残っている女性の彼氏。

10分位船影を探し、ホイッスルを吹いたりしていたが、私の組の現地ガイドが島に上陸しようと言い出した。島まではおよそ1kmほどか。
ショップ・イントラは大声で「岸に近づいてはダメ~!」と叫んでいた。確かにこの波では上陸の際に岩に叩きつけられてしまう。

数分後、現地ガイドは「陸に向かおう!」と一人で泳ぎだした。わたしは彼の意見に賛成だったので、一緒のダイバーに島に向かおうと促した。
島までは1kmか1.5kmほど、狭いけれど砂浜も見える。波は更に高くなって来ているけれど、あの砂浜に辿り着ければ大丈夫だと判断した。
ただ運が悪いことに、波が高いばかりでなく引き潮の時間帯だった。皆で手をつなぎ、私は必死にフィンキックしながら同行ダイバーの手を引っ張っていた。

30~40分ほどフィンキックを続け、私達はなんとか島に上陸できた。立ち上がる体力も失って、四つんばいで砂浜に上がった。

関西のお母さんの顔は蒼白だった。疲れも相当だろうけれど、かなり海水を飲んでしまったようだった。あと30分泳ぎ続けられただろうか疑問だ。私は陸に向かって正解だったと思った。649bcdf7.jpg


現地ガイドはこの島に人が住んでいることは知っていたけれど、村落が何処にあるかまでは知らないと言う。とにかく連絡が必要なので、タンクとウェイトを浜辺に放置し、その他の機材を担いで民家を探すことにした。

ただの直感で道を選び歩いた。裸でBCDを担ぐと背中に付いた砂がこすれて痛いのでスーツを着たまま歩いた。
炎天下でのスーツはサウナのように熱くて、今度は脱水症状が心配になった。

20分ほど歩いただろうか、やっと人家が見えてきた(実は学校だった)。
子供達がいて現地ガイドが話しかけるけれど、どうも通じていないようだ。そりゃそうだ。真っ黒なウェット・スーツ姿の東洋人団体が、BCDやレギュ、フィンを持って海岸からではなく、丘から現れたのだ。驚かない方が不思議だ。

島民全員が集まったのでないかと思われるほどの数の好奇の目の中で、私達は助けを呼びに行った現地ガイドの帰りを1時間ほど待った。
その間、貧しい島民達の本当に嬉しい心からの助けを受けた。その事は後日記述する。
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1時間ほど経過した頃、島民達が「シップ!シップ!」と浜辺に走り出した。
現地ガイドがバンカー・ボートに乗っていた。

全員無事だった。

私は船が何かしらのトラブルで、私達をピックアップ出来なくなったのだろうと考えていたけど(かつてパラオでの漂流事故はそうだった)、船の故障ではなく、波が高すぎて私達のフロートが見つけられないばかりか、探し回れなかったらしい。

ショップ・イントラの組は、2時間30分漂流していたそうだ。海面での移動は背泳ぎ状態になるので、彼らの顔は真っ赤に日焼けしていた。

運良く最悪の事態にはならなくて本当に良かったけど、わたしはショップ・イントラのグループは最悪の事態になっているのではないか…と、上陸した島の村で待つ間考えていた。私の側に横たわる関西のお母さんは、一番気にかかっていたことだろう。
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一方、船に残った彼女も相当、心細かったに違いない。後で聞いた事だけれど、言葉は理解できなかったけれど、クルー達が慌てだしたので事態が深刻な事になっていると気が付いたそうだ。さぞや心細かったろう。元気な彼氏の姿を見た時には、号泣していたそうだ。

さて、皆さんはどう思われますか? 運良く助かったのでショップの店名は伏せておこうと思うけれど、私はやっぱりショップ側の注意力不足だと思う。滅多に行けないポイントらしいけれど、そこに潜れるからと止める勇気を失っていたのではないかと思う。

かつて山登りをしていた頃、何度頂上を目前にして登頂を断念したことか。山は登るより降りる方が難しいから、私は自信が無いときはあきらめて下山していた。
今回のダイビングは、ショップ側がそれを忘れていたのか知らなかったのか……。それともダイビングにその様な勇断は必要ない、ということか。
       
                    (この稿、続く)