岡田ジャパン、良くて引き分けかと思っていたらカメルーンに勝ちましたね! 後半は疲れからか守りに入ってしまって、もっと攻めて欲しかったけど、まずは勝利でバンザイ! バンザ~イ!   なのですが、本日書きたいのはサッカーの話ではありません。

海底に沈んだ船、沈船に潜るダイビングのことをレック・ダイビングといいます。
わたしは過去にチュークの平安丸に神国丸、ロタ島の松運丸、サイパンの松安丸、そしてヴァヌアツのプレジデント・クーリッジなど、いくつかの沈船に潜りました。下の写真はロタ島に眠る日本軍の運搬船だった松運丸です。
ダイビングでは潜る前に、これから潜るポイントの説明をしてもらいます(ブリーフィングと言います)。それらの沈船に潜る際にも当然ありました。
でもその説明は、通常は潜る上での注意事項やどんなもの(魚)が見られるかの説明がほとんどで、何で沈んだのかは概要だけしか教えてもらえません。そんな詳細を話してる時間も無いからでしょうけど、そこに潜る私もどうして沈んだのかと考えながら潜ることもありませんでした。突き詰めれば、結局は戦争という悲劇の産物なのですから。
しかし心の何処かに呵責が生まれるのか、はたまたそんなタワケ者がやって来ることを船の方が拒否してるのか、私はあまり楽しく潜ることが出来ないでいました。

rota_ship

浅田次郎の「シェエラザード」の中に、わたしが潜ったことのある船の名前が出てきました。このシェエラザードでは弥勒丸という豪華客船が主人公です(実際の船名は阿波丸というそうです)。
serazard当時、世界で一番の豪華客船として生まれながら戦争という悲しい時代の中で軍用として徴用され、一度も客船として就航することなく台湾海峡に沈められました。この弥勒丸引き上げ話しに端を発してこの物語は進んでいきます。

アメリカの豪華客船だったプレジデント・クーリッジも、そしてチュークに眠る平安丸も、みなこの弥勒丸と似たような運命で海の底に沈んだのでした。
悲惨な末路をたどったこの船たちが(松運丸とプレジデント・クーリッジは犠牲者を出していませんが)、今はダイバーの見せ物となってることがとても悲しかったのを覚えています。そして戦争によって沈められた、程度の知識しか持たずに潜っていた自分が恥ずかしい。

わたしは南の島に行くときは、大抵お線香を携行しています。供養のためです。
しかし巨視的に戦争をとらえてそんな場当たり的な行為をするのではなく、その島その地の、そして海中に今も眠るその船の、一つ一つにあった歴史にもっと目を向けるべきだと思います。
とは言っても彼女(船)たちの過去を知れば知るほど、きっと潜ることが躊躇われるようになるな、とも感じています。

物語に出てくる弥勒丸は水深50mほどの海底に沈んでいることになっています。テクニカル・ダイブなら潜れない深さではありません。でも、この物語を読んでしまった私は、仮に潜れたとしても潜る気には到底なれません。
物語はフィクションでもアメリカ海軍に沈められたのは事実です。そのあまりにも悲しい運命を知れば、それを物見遊山的に見物するようなことは出来ません。でも、そのような事実を知らないことはもっと罪なのだとも思います。

私が小さかった頃、宅地造成のためにか私たちが遊ぶ原っぱにトラックが土砂を置いていくことが度々ありました。原っぱに出来た土の山を陣地に見立て、戦争ごっこだと土のかたまりを投げ合って遊んでいました。
親に見つかりこっぴどく怒られたのを今でも覚えています。親は目に当たったら失明するだろうと私たちを叱責しました。
その理由もあったでしょうが、あれは戦争を遊びにしていたからだったのかもしれません。戦争体験者が終戦後に、自分の子が“ごっこ”と戦争を遊びにするのは耐えられなかっただろうと思うのです。

読後に作品のタイトルにもなっているリムスキー・コルサコフの「シェエラザード・第3楽章」を聞きながら、平安丸プレジデント・クーリッジに潜った時のログを見ていたら、図らずも涙が出てきてしまいました。
安らかに眠ってください、などと私が言えるものか判りませんが、せめてこれからもあなた達を訪ねるダイバーに「過去を忘れるな!」と言い続けていて欲しいと願います。日本の繁栄は、このような過去の上に成り立っているのだと。

だから今も眠る英霊たちに、

     宜しく候・・・・・・・・、

       よォそろォー!

          
                         よォそろォー!