気がつけばもう8月だ。もう今週の土曜日には8月6日がやってくる。
8月6日と聞いてピンと来る人は少なくなっただろうと思う。実はわたしもピンと来なかった世代のひとりだったが、ある事をきっかけに忘れ得ぬ日となった。そのある事はいつの日か、忘れていなかったら書こう。

そう、この日は広島に原爆が投下された日だ。その二日後、9日には長崎にも落とされた。アメリカによるこの無差別殺人で22万人以上の人が殺され、15万人以上の人が負傷し、そしていまだに原爆後遺症に苦しむ人がいる。

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先週宮城県の被災地を周り、まるで爆弾でも落とされたような光景に釘付けになった。今までテレビ報道などで何度も見ていた景色だったけど、自分の目で見るとテレビで見るとでは印象がまるで違った。そこはものの見事に“破壊”されていた。至る所が壊滅状態になっていた。

9.11はこの目で、しかもライブ映像をテレビで見て脳裏に焼き付いた。そして3.11はそれ以上に何度も津波が押し寄せる場面や崩壊した建物を見、そして今回その地に立って自分の目で見たことで終生忘れることはないだろう。
同じように8月6日を忘れていない人は今でもいるだろうし、かつてはもっとたくさんいたのだと思う。しかし、時の流れと共に、それを知る人が減ると共に、私たちはあの悲惨な無差別殺人を忘れていくのかもしれない。8月15日になり、高校球児たちと共に黙祷することで思い出すのだ。

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被災地各所で花を添える人や黙祷してる人の姿を見かけた。
すでにあの日から6ヶ月近く経っていても、人の死は、親族の死は悲しみと共に忘れることはない。
私の父が他界してもう13年が過ぎたけど、母はいまだ毎月、月命日に墓参を欠かしていない。悲しみは去っていったかもしれないが、その人の在りし日を忘れることはないのだ。

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3.11は自然による破壊だったけれど、8.6もそれに続く8.9も、そして9.11も人が意図的に大量殺戮を目的に行われた。自然による破壊はどうしようもないけれど、人による殺戮・破壊は防ぐことが出来る。
しかしこの3.11も、この経験を生かし忘れず、後世に残すことで再び同じ悲劇を少しでも少なくすることは出来るのだ。
岩手県宮古市。重茂半島東端の姉吉地区は、1933年にあった大津波の際に海抜約60m場所に建てられた石碑の「此処より下に家を建てるな」という警告を守り、全世帯の人々が助かったそうな。わたしはこの話しを美談として聞いたけど、なんで他の地域にこの話しが伝播してなかったのか不思議でならない。情報化時代ではなかったにせよ、口伝えで広まっても不思議ではないのだけど…。
この石碑を私たちは心にしっかりと残すべきだろう。

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小雨降る中、廃墟となった地を一人歩くお婆ちゃんの姿が痛々しかった。

rouba