今では音信不通になってしまったけれど、極真空手師範代の先輩がいた。何かと気が合って一緒にツーリングや釣り、キャンプに連れて行ってくれた。その人は極真空手某支部の支部長を務めたほどの猛者だ。

北海道で一緒にキャンプをした時のこと。
炊事も終わり満腹になってぼちぼち寝ようかとウィスキーなどを二人でチビチビやっていたら遠くで女性の悲鳴が聞こえた。数秒ほどの間があって再び「キャ?!」と闇夜を切り裂く悲鳴が。

こりゃ大変だとテントを飛び出し悲鳴がした方へと向かった。山の中の湖畔なので街灯もなく真っ暗だ。
懐中電灯を持ち、当然わたしは先輩の後ろから自分の身を隠すように付いて行ったのだけれど、驚いたことにその師範代がナイフを手にしているのだ。

拳闘家やボクサーなど有段者やプロは、その資格を持った時点で凶器を持っているものとみなされ、一般人に怪我を負わせれば逮捕&拘留される。
そんな立場の人がナイフを手にしているのだ。

熊も倒せそうな人がなんでナイフなんか手にしてるのかと聞いたら「強い奴は一杯いる。上には上がいるものだ。だから万が一に備えてさ。俺だって怖いよ」。

本当に強い人というのはイキがらず謙虚なのだとその時に知った。
肩怒らせて歩くチンピラや、やたら自分の強さを吹聴する輩は、自分の弱さを悟られまいとその様に振る舞うのだとその先輩に教わった。
こんな話を思い出し、そういえばどこかの3兄弟ボクサーの兄は本当に強いのだろうか? とふと思ってしまった。

そうそう、肝心の結末! その女性を助けられたかって?

しばらく湖畔沿いに歩いていたらテントが見えてきて、そのテントからキャッキャと騒ぐ声が聞こえ始めたのです。そろりそろりと近づいて行くと再びキャー???!と悲鳴がし笑い声も聞こえて来ました。
ナント!若いカップルがテントの中でふざけ合っていたのです。
「女性が襲われてると思ったじゃないか! こんな真夜中に騒いで周りに迷惑だろう!」とその先輩の怒り爆発! まさに有段者の迫力でした。
テントを張っていたのは自分たちだけと思い込んでいたのかもしれません。けれどあのカップル、きっと熊に襲われた以上に怖かったに違いありません。何せ熊のような迫力の男に怒鳴られ、その男の手にはナイフが光っていたのですから。