某出版社の取締役が任期満了にて退職され、その送別会が昨夜あった。

勤続年数を伺って驚いた。
入社は昭和31年。ということは勤続50年だ。
50年。実に半世紀のも間、働き続けてきたことになる。

私は仕事の愚痴を言う奴が嫌いだ。単発的な仕事(作業)の愚痴ならば、まだ許せるけれど、仕事全体や自分の上司などの愚痴を言う輩が嫌いだ。

ガード下の居酒屋などで、よく愚痴を言い合いながら安酒をあおっているサラリーマンを見かける。
愚痴を言ってどうなるというのだろう? 翌朝、二日酔いのガンガンする頭で再び愚痴の根元である会社に出向くのか。

愚痴を言っても何も変わらない。むしろ自分の心の中の嫌悪感を増幅させるだけだ。
そんなに嫌なら、それを自分が好きになるように改善するか、もしくは辞表を出すしか無いことに、何故気が付かないのか? 

先の定年を迎えられた方は、今は亡き私の父の友人でもあって、父の昔話にしばし花が咲いた。
きっと辛かった事もあっただろうに、会話の中には楽しい思い出話しか出てこなかった。
きっと仕事が好きで好きでたまらなかったに違いない。私の父もそうだったように。

仕事なんてものは、ちょっと視点を変えてみるだけで面白く感じたり辛く感じたりするものだ。
他人からはうらやむほどにきらびやかに見える仕事だって、辞めていく人間もいるのだ(私がそうだった)。

生きていくために、生活のために、どうせ働かなくてはならないのだ。嫌々やっても楽しくやっても仕事は仕事。どちらが良いかは問うまでもない。

仕事を辞めるとき、昨夜の方のように楽しい思い出話をし胸を張って第二の人生に向かうべきと、つくづく思った。