タカラガイの独り言

ダイビングや旅のこと、子どもたちとのサッカーの事など徒然に。

2010年02月

しずく

朝から雨。昼前にはあがったけど路面は濡れている。
「こりゃ今日の練習(サッカー)は中止だな」と思い、こんな時にこそ片づけなきゃならない書棚の整理をすれば良いのだけれど、その気になれない。
未読の本から片づけるかと、しばし本を開いたけどそれにも飽きて中断。

窓から外を眺めていると、遅咲きの梅の花が目に入った。

「そうだ!練習兼ねて雨に濡れた梅の花でもマクロ撮影してみるか。」とカメラを引っ張り出して外に出た。


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梅の花の赤色を出したかったのでギリギリまで絞り込んで撮影。シャッター速度の遅い分、風に花が揺れて撮りづらいことこの上なし。海中のサカナ撮るよりは楽だけど。

沈丁花の葉っぱの先に雨だれがあったので、そいつもパチリ。

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しずくの先に隣のアパートが写っていた。

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雨の日は本当につまらん。










ボランティア・レフリー

私が所持するサッカーの審判用具です。

refereecard

この他にホイッスルと時計を持ち、黒い審判服に着替えて完了となります。
ちなみにそれ以外にRESPECTと書かれた青いワッペンを腕に着けなきゃいけないんですが、私は好きじゃないんで着けていません。近々、怒られ指導されると思います(汗)。

サッカーに興味の無い方でもレッドカードとイエローカードはご存じでしょうが、サッカー・ファンの方でも審判証の右にあるグリーンカードを知らない人がいるのではないでしょうか。
審判が「もうダメだ。走れない…」という時に、この緑のカードを掲げて試合を中断します。








ウソです
このカードは紳士的プレーやフェアプレーをした選手に出します。
このグリーンカードに限らず、私は過去に1回しかカードを出したことがありません。
しかもその1回も選手にではなく、監督が座るベンチに対してイエローカードを出しました。
審判(わたし)のジャッジに対して汚い言葉で文句を言ったからです。

途中で数年のブランクはあるのですが、このワッペン着け始めて20年になりました。
年間、少なくとも60日はグランドに出てます。週に一回以上ってことですね。我ながらよく続くモンだと感心しますが、正直ここ数年は辛くなってきてます。
でも、子どもたちの笑顔見ちゃうと辞められないんですよねぇ。

私はこの3枚のカードをみんなが持ったら面白いと思うんですよ。
電車の座席を譲った人を見かけたら、見かけた人全員がグリーンカードを掲げます。
逆に座席に大股開いて足を投げ出しているような輩には、皆でイエローカード出し、同時に3枚上がったら退場(=下車)。

けっこう面白いとは思うのだけれど、審判試験受ける人はいないだろうなぁ。

今年のウェッブ審判講習、締め切られました。
(私は受講済みです、ご心配なく。SSCの皆さま)









ペンは強いか?

若松孝二監督の「キャタピラー」主演女優の寺島しのぶがベルリン国際映画祭・最優秀女優賞を受賞した。
若松監督は大学時代の友人の叔父にあたる人で、わたしはかなり昔からこの監督の存在を知っていたけれど、当時はエロとバイオレンスに充ち満ちた作品が多かった。それが今回の受賞作品は反戦的な内容だそうだ。反権力を全面に打ち出していた初期の作品の流れを汲むのだろうか? 日本では今夏公開されるようだけど、是非とも観たいと思ってる。

「ペンは剣よりも強し」とは言うけれど、映像はどうか?
映画「ローマの休日」を初めて観たとき、オードリー・ヘプバーンの清楚な美しさにたいそう驚いた。



わたしに限らずほとんどの人がこの映画のエンディングに感動したと思うのだけれど、今の時代にグレゴリー・ペックのようにスクープ記事をボツにしてまで個人の立場と心を守る事が出来るジャーナリストが果たしているだろうか?

前職時代に私は何度かゴシップではあるけどスクープ・ネタを拾った。当時の芸能週刊誌に売ったら結構なフィーを貰えるようなネタであった。
私の知人からもたらされたのだけど、彼らは私がそのような行為に走らないと信じるからこそ話してくれたのだと、私は彼らの信頼を裏切ることなく、そのネタは時々の酒の肴として語るに留めた。

記者クラブという狭い世界でネタを拾い、色こそ異なれ中身はみな一緒の今の新聞というメディア。スクープを狙ってる記者はいるのか? それでなくとも整理記者がどこで切っても良いように散文的な表現しかできないのに、そんな記事を書いてて嫌にならないのだろうか?

ペンは剣よりも強いと思うけれど、新聞ジャーナリズムに限っては剣に立ち向かえる記者は見受けられない。
となれば、いまや映像の方が新聞の上を行っているのかもしれない。



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かあさん、かあさん。
それは 真実の口 じゃありませんよ。


でもどこに行けば真実と真のジャーナリズムに出会えるのか?












ゴキブリ以下の人々

“支援”だったり“援助”だったり、聞こえの良い建て前を掲げてそれを隠れ蓑にし、甘い汁を吸ってるゴキブリ以下のバカどもがいることは、ずっと前から知っていたし、汲み取り式の便所が姿を消しても居なくならないハエのように、どこからか必ず沸いてくることも知っているけど、訴え続けなければますます増殖するだろうから、また書くのだった。

な~に長ったらしくて堅っ苦しい前振り書いて息巻いてるんだ、おっしゃらず続きを読んでください。

2003年9月。わたしはミクロネシアの
ポンペイ(ポナペ、と呼ぶ人もいる)に行きました。
そこで海外青年協力隊として派遣されてきたという人と会いました。(青年…と名は付いてますが、母娘のような二人でした)
ナンマドール遺跡の見学ツアーに参加した際に一緒になったのです。
「国のお金で海外に来れていいですね」という私の皮肉にも、「はい、ホント楽ですから」と笑って応えました。
ボランティア自体は数時間だけで、あとは遊び放題なんだそうです。

独立行政法人は98あるそうですが、年間に私たちのお金3兆円ほどが注ぎ込まれているそうです。
その中には年間2000万円も取ってる天下りの理事長もいるそうです。

昨年、海外から研修で来日された人を迎えに、渋谷区西原にあるJICA本部に行ったことがありますが、豪華ホテルかと見まごうほど立派な建物でした。

このJICAのことが書かれていました。
まぁ、今さら驚きもしないですが、腐りきってます。詳細は上のリンク先をご覧ください。実際、これだけじゃないんですけどね。

child4_tan一応フォローもしておきますが、JICAに関係する人達がみな甘い汁を吸ってるわけではありません。
ヴァヌアツに行ったとき、現地の人から「日本人が先生として来てくれて本当に助かっているんだ。ありがとう!」と、何もしていない私が感謝された事もあります。

そのように頑張ってる人にたかる、ゴキブリやハエを一発でコロリとさせる強力な殺虫剤が開発されることを願って止みません。

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写真はヴァヌアツ・サント島の港。














挑戦

バンクーバー冬季オリンピックの話題が連日続いている。
アイスダンスを観ると、「あんな風に滑れたら楽しいだろうなぁ」と、いつも思う。自分はスケーターではなく、もっぱらスキーだったけど。
しかしスキー派のわたしでも、今回の転倒者続出した女子滑降なんかを観ちゃうと「ご遠慮いたします」(笑)

そうれはさておき前々から感じてはいたのだけれど、今回たまたま話題を提供してくれたので書くことにした。
わたしは正直言って、アイス・フィギュアやアイスダンスをスポーツとして観ていない。

こんな事を書けば異論が出るのは承知だけど、あれはスポーツと言うよりショーに近いと感じる。
実際今回、男子フィギュアスケートで4回転ジャンプに挑戦し2位に甘んじたロシア人スケーターが「4回転を飛ばないスケートはダンスだ」と言ったらしい。
確かに3回転であってもジャンプの高さや着地時の正確性を争うという点は理解できる。でも、チャレンジ無きところに私はスポーツを感じない。それはスポーツというより“技”の競演だと思うのだ。チャレンジしてこそスポーツと呼べるのではないか?
だいたいからして“芸術点”なんて項目があることが不思議だ。
そのような評価点があることからしてスポーツではなく、それは“芸”と言うべきだろう。
チャレンジよりも“芸術性”や“正確性”を重んじるアイスダンスやフィギュアスケートがオリンピックの種目として認められるなら、舞踊も加えたら良いと思うのだ。


タイミングを逸していたので、もう書くまいと思っていたけど、ついでだから国母和宏くんの事も書いておこう。
彼に関してはT.P.O.をわきまえられずにまだまだ子どもだな、とは思ったけれど、れっきとしたプロのボーダーだ。アマチュアのフィギュアスケーターとは一線を画する。
賞金を求めて世界を転戦し、日本での選考大会でも結果を残して日本代表として選ばれたわけだ。日本国国民の推薦があったわけでもない。

彼を推挙した人なら空港での彼のファッションに意見を言うのもまだ許されるかもしれないけど、何故にマスコミはあそこまで彼をバッシングしたのか?
彼に日本代表としてガンバって貰いたいと思っていたからか? だったらガタガタ騒がず結果だけを見守れば良いのに。

日の丸背負ってるからって日本国民の代表ではない。確かに費用は私たちが出してはいるけど、彼は自分の力でオリンピックの出場の権利を得てかの地に赴いたのだ。

日本人として恥ずかしいことをしてるなら注意するべきだけど、だったら渋谷を歩く若者のほとんどがその対象だろう。
渋谷には外国からのお客様もいっぱい来てるんだから。

日本国籍の外人スケート・ペアもいたし、ロシア国籍の日本人スケーターもいた。
もうボーダレスの世界なんだから、ボーダー・国母クンも「自分を貫くことがこの国じゃ面倒なんでキューバ国籍取って、アメリカのショーン・ホワイトと競うことにしました」なんてやったらカッコ良いと思うのだ。




ガード下の会議室

昨夕、「軽く…行く…?」ってなノリでガード下の居酒屋に潜入した。

そのガード下には、チェーン店やイタリアンなども軒を並べていたけれど、本当に軽く一杯のつもりだったから(これがいつも数杯になり、もう一軒!となる)、日本の伝統文化でもある赤提灯の暖簾をくぐることにした。

時間は7時をちょっと廻ったところだったけど、まだ店内に客はポツポツ。
その中に・・・・・・。

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外人さん熟年カップルの姿が。
まぁ、別に珍しい光景でも無かったのだけれど、なんとはなしにパチリ。

しばらくこちらも談笑が続き、1時間が経過したころ・・・・・・、

izakaya2

 ガイジサンに人気なんでしょうか、このお店?

店内はガード下特有の喧噪に包まれ、こちらも会話と言うよりは怒鳴り合ってるような状態だったから、隣の席の外人さんが何語でどんな会話してるのか、ちょっと聞き耳も立てたんだけど聞き取れなかった。

オーストラリアのシドニィあたりで夕方、それも4時くらいからオープンカフェでビールを飲んでるビジネスマンの姿をよく見かる。

彼らが何を話してるか、実はとても興味がある。
何故かというと、日本のガード下で6時前から飲んでるサラリーマンの多くが、酒もかなり入ってくると十中八九上司や仕事の愚痴を酒の肴にしてるからだ。

オージーも、他のガイジンもそうなのか?

わたしは愚痴を肴に酒を飲むのが大の苦手で、相方が愚痴を言い出すと「だったら辞めたら?」と、いつも余計なひと言で場を白けさせてしまうのだ。
飲んでる仲間からすりゃ、いわゆるKY(空気読めない)ってやつ。

上の外人さんたちは、共に1時間ほど飲んだら消えていて、実にスマートな飲み方だった。
みなさん、お酒は楽しく飲みましょう!

と、我々もお仕事のことなど 楽しく 話しながら飲んでいたのだけど、わたしが一杯目を飲み干してお替わりをしようとしたら、コップの底に・・・・。

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何か異物が入ってるではないか!

もうすっかり飲んでしまった後なんですけど・・・

スワッ! クレームじゃぁ! と店員を呼びつけようとして、ハタッと気付いた。

ジンジャー・ハイボールを注文したんだった。

コップの底に張り付いていたのはスライスされたショウガ。

危ない危ない、間一髪(汗)


余計なトラブル起こすこともなく、おかわり1杯いただいて、私たちも珍しく素直に家路に着いたのだった。









オニイトマキエイ

manta

たとえばとても美しい女性がヌードでいらっしゃったとします。
当然ですが「オォッ!」となりますわな、男性なら。
ところが10分もすればその存在は無に等しいような、単なるオブジェと化してくるんですね。
(この時間に関しては非常に個人差が大きいと思われます。オレは3日くらい大丈夫だよ、なんて人もいるでしょう。)

昨年、石垣島にこのオニイトマキエイことマンタに会いに行きました。
既報の通り、あいにく会えなかったのですが、その前に行ったときはバンバン登場してくれたのです。

いやぁ、初めてお会いしたときは「オォッ!」どころじゃありませんでした。
心臓はバックン、バックンするし呼吸するのも忘れちゃうほどでした。
美しいヌードの女性と鉢合わせしたしたってこれほど感動はしないと思うんですよね。

ところが、その後にゾロゾロと登場されますとだんだん醒めてきちゃうんです。
突然に登場してくれるからこそ感動が倍増するんで、次から次へとひっきりなしに登場されるとちょっと芸でもしてみせてよ、なんて勝手なこと言ったりしちゃうんですね。

マンタにしてみれば自分たちのクリーニング・ステーションにいっつも泡ボコボコさせて居座られてとっても迷惑でしょうに、こんな身勝手なこと言われたら怒りますわな。

それでもまた会いたくなるんですよ、コイツに。
今年の夏は昨年のリベンジの予定です。

そうそう。
ご存じの方は知っている、ご存じない方は知らないことですが(当たり前)、マンタっておちんちんあるんですよ。
オスだけですけど(これも当たり前。メスにあるわけない!)

魚って雌が卵生んだ後に雄が精子を振りまいて受精させるのが普通ですが、マンタは交尾します。

ですから上の写真のように頭上を通過されると雌か雄かすぐに判ります。

ちなみに先日書きましたサメもそうです。しかもサメはおちんちん2本も持ってます!
どっちか調子悪かったら別の方を・・・とか使い分けてるのでしょうか?
ちょっと羨ましいかも







根がケチなんで大盤振舞いなんてした事は無いのだけれど、この大盤振舞いってのは、元をたどれば「椀盤振舞い」と書き、椀や御盆にご馳走をいっぱい載せて振る舞ったのが事の始まりらしい。

お椀や御盆に食べ物&飲み物をたんまり盛って出せば良いのであるなら、いくらケチな私でもそれくらいは出来そうだ。
何を盛るかが問題ではあるけれど。

一般的には大盤振る舞いする時は、“清水の舞台から飛び降りる気持ちで”するんだろうけど、あそこから飛び降りればほぼ間違いなく死ぬ。
ってことは“死ぬ気になって”ゴチするわけで、ゴチするのに命を賭けるってぇのはどうかと思うのだ。
だから私だったら、せいぜい「清水の舞台で裸踊りする気で」おごるのが精一杯だ。



いやいや、本日もそんな事を書こうと思ったのではなかった。

何が書きたかったかというとサメのお話しだったのだった。
ノンダイバーの方からよく受ける代表的質問がふたつある。
「何メーターくらい潜るんですか?」ってのと、「サメとかに会わないんですか?」。

この潜水深度について聞かれたときは相手によって答えを変えているのだけれど、サメに関してはいつも答えは一緒。
「サメに会いたいんですよ、ダイバーは」と言ってる。

すると大抵の人が「襲われたりしないんですか?」とこれまた判で押したように同じ質問をしてくる。

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ホオジロとかタイガーとか、確かに絶対にお会いしたくないサメもいるけれど、私たちが潜る海域で遭遇するサメたちは、ほとんど大人しい。
むしろもっと攻撃的な奴や猛毒持った奴がいて、そっちの方がダイバーにはとっては嫌なんですよ・・・とは話すのだけど、本当はわたしもサメに会ってもあまり嬉しくはない。

ヨーロッパ人ダイバーは、おしなべてこのサメとウツボが好きだが、私はこの愛想のない無機質な冷たい目が嫌いだ。ウツボも一部の種類を除いて特に好きでもない。

加えて奴ら(サメのことです)は視力が弱いらしく、私たちがボコボコとはき出す泡の存在が気になり、至近距離まで寄ってくる奴もいる。
そんな時、必ずこの目でギョロリとこっちを睨むのだ。
その態度がまたまたむかつく。

芸をするとか目つき悪くても良いからウィンクくらいするとかすれば、もう少し愛着も沸いて大盤振る舞いしてあげても良いと思うのだが、それは無理な注文だろうな。
万が一賢い奴がいてそれをやったら何を盆に載せるか? 
ポテトチップスなんか出そうもんなら「てめえ、ナメてんのか!」と、きっと私が狙われる。







パノラマ

大滝詠一の「カナリア諸島にて」のかの地は、カリブあたりにあるものと勝手にイメージしてたけどアフリカの西側に位置するんだって知り、ちょっと意外な思いがした。

自分が無知なだけなんだけど(-_-)



それはさておき・・・。
一昨日、駅に向かう途中で目の前を綺麗な小鳥が横切った。
私との距離、わずか1㍍ほどの先の小枝に留まったのはウグイスだった。

春はもうそこまで来ているんだなぁ、と思わず感じた今日このごろだったのに関東地方は今年2度目の降雪です。

さてカナリア、ウグイスと小鳥が2羽登場したところで話題はガラリと変わってパノラマのお話しです。
アッ! いま登場したカナリアは鳥じゃなくって島だった。文字面だけならちょっとした違いだけど(^^;)

で、本題。
景色が全部入り込まないような広大な景色を撮影するとき、どうしてます? 
ワイドコンバージョン・レンズでもあれば良いのでしょうけど、持ってる人ってそうそういないでしょ?

最近ではパノラマモード撮影が出来るカメラもあるけど、あれってほとんどが画像の天地を縮めてパノラマ風に見せてるだけで、画角自体は普通の広角並みなんだよね。
だもんだから私はグランドキャニオンやハワイ島のキラウエア火山なんか、数カット撮影して後からくっつけてた。これがまた面倒なんだ(-_-) 画質も異なっちゃうし。

ということで、こんな時はやっぱりムービーに限るなぁ・・・というお話し。
数年前までデジカメで撮影した動画をFlash変換したりしてウェッブにアップしていたのだけど、最近じゃYoutubeにヒョイッと簡単にアップできるんで便利になったもんだ。

人のサーバだから容量の心配もしなくていいし、まさにYoutube様々なんだけどYoutube はこんなサービスしてて広告費だけで運営出来るんかしら?








「ワシャ、そんなこたぁ知ったこっちゃない」とばかりに、ウグイスがホーホケキョと鳴き始めるのはいつ頃だろうか?







イギリスに行ったことはないのだけれど、伝聞によれば食事がそうとう不味いらしい。
“不味い”なんて書くと、イギリスの方から「美味しい物だってある!」と怒られそうだが、確かにわたしも食事が旨いか不味いかなんてのは、いかに調理するかの問題であって地域や国籍の問題ではないと思うのだ。

とは言うものの、どういうわけか確かに何を食べても旨くない国はあった。

一昨年、フロリダに行った。
長期滞在用のモーテルみたいなホテルに泊まったので、食事にはほとんどホテルを出ていた。

しかし、どこで食べても旨くない。
現地の人にお勧めを聞いて出向いた日本人経営のその店は、それなりに美味しかったけれど、居酒屋のレベルを脱しきれなかった。

最終日くらいはちょっと贅沢しても美味しい物を食べようと、日本名が付いたレストランに出向いた。




正直言って手さばきでは負けるけど、同じ食材で上の彼と鉄人勝負したら勝てるのではないかと思える程度のお味だった。

食はまさに文化だと思う。
これまた行った事がないのだけれど、4000年もの歴史を持つという中国料理より、わたしはやっぱり日本が一番だと思うのだ。
歴史より文化の方が影響力は大きい。歴史を慮れば味の文化は進歩しないだろう。

そりゃあ、日本人なんだから日本の味覚が合うに決まってるっちゃあ、その通りなのだけれど、現に外国人が日本料理を美味しいと絶賛してるではないか。

外国から帰って、とにかく食べたくなるのが日本蕎麦やラーメン、そして寿司。
出来れば自宅近所で美味しいものを戴きたいのだけれど、悲しいかな私の舌を満足させてくれるお店は少ない。

つまるところ、やっぱり地域やお国の問題ではないのだ。
調理人が、どれだけ自分が供する物にプライドを持てるかの差なのだと思う。


それはそうと、年に数回も海外に行く割にはわたしは英語が得意でない。
中学、高校、そして大学。浪人時代も入れれば11年も英語の勉強してるのに、これはどうしたことか。

私は日本の学校教育が間違っているからだ! と常々言い続けていたけれど、今朝通勤電車の中でフト思った。
「結局は自分が怠慢だったからではないのか?」と。

これでも中学・高校時代のわたしは、こと英語に関しては上位の成績だった。
しかしそれは読み書きのレベルであって、ヒアリングやスピーキングではない。

10年以上もチャンス(勉強する)があったのにそれをモノにしないで、なんという徒労を続けていたのかと、無駄にした時間がもったい・・・とも思ったが、よくよく考えれば英語に限ったことではなかった。


サイン、コサイン、タンジェント。オームの法則にウェーバーの法則、剰余定理に2次関数・・・・。

いったい何処に行ってしまったのだ?


















3D

ちょくちょく映画化もされる某・作家の作品は、ほんとによくこれだけ書けるものだと感心するほど本屋に並んでる。

そんなに多産されているにもかかわらず、いつもグイグイと引き込まれて寝る間も惜しんで読み切ってしまうのだけれど、読み終わると物語性としては大したことない事に気付くのだ。
かなりの数の作品を上梓していて、本屋に行けば何作品も平積みされているほどの彼の人気は、物語性よりその筆力に負うところが大きい。

先日、話題の映画「アバター」を観た。

数週間で過去の観客動員数を塗り替えたというのも頷ける作品だったけれど、こちらもストーリー性はといえばありきたりだ。

人間の強欲さ。
自然の大切さに美しさ。
そして愛。
今まで何度も取り上げられているテーマだ。

それでも皆が賞賛するのは、ジェームズ・キャメロン監督の手腕によるわけだけれど、よくよく考えればそれはCGと3Dという手法である。別にお初の試みではない。
確かに“パンドラ”という想像世界の美しさは、作品を観る前のわたしの想像を超えるものだったけどね。


何年前だったか仕事でロスに行った際に、ちょっとフリータイムを頂いてユニバーサル・スタジオを訪ねた。
そこで、実演する役者と映像が合体する当時としては先駆的な映画を観た。で、更にその映画は3Dメガネで見るというエンターテインメント性たっぷりのものだった。

このユニバーサル・スタジオで観た3D作品は、映像が自分の方に飛び出してくる演出で、思わず何度ものけ反ったり、会場のあちこちから悲鳴が上がるような作品だったれど、アバターの3Dは映画のコピーどおり「まさにそこに居る」かのような奥行きを主体にした見せ方だった。


一昨年他界してしまった重鎮とも言える役者さんが、ずっと、ズ~ッとむかしにお会いしたとき、「私たちは演じるだけだ。本(台本)さえ良ければ絶対に素晴らしい作品に仕上げてみせる」と言っていた言葉を思い出した。

作家も監督も、そして役者もつまるところ力量があるか否かなのだ。


力量のある人たちの作品にもっともっと出会いたい。








ぼたん

kanban前から一度は入ってみたいと思っていたのだけれど、何となく敷居が高く感じられて躊躇していた神田の老舗「ぼたん」です。
鳥すき焼きの専門店です。

たまたま仕事関係の方と食事をすることになり、これ幸いと行ってみることにしました。

では早速と言うことで事前に予約の電話を入れた時のことです。

わたし「予約お願いします」

オバン「いつですか?」
(普通だったら、日を聞く前に「有り難うございます」とか言うだろ!)

わたし「×日なんですが」

オバン「何人さんですか?」

わたし「2人です」

オバン「では予約お受け出来ません」

わたし「へ?」 (訳が判らずしばし沈黙)entrance 

オバン「5人さんからの予約となります」

わたし「・・・・・・・・・」  

オバン「予約は5人さんからなんですよ」

わたし「・・・・・・・・・」   (4人以下はどうすりゃいいんじゃ!)

オバン「大丈夫です。大抵、入れます。満席の時はお待ち頂くことになりますが」

わたし「待つのが困るから予約したかったんですけどね」

オバン「何時頃お見えですか?」

わたし「多分6時過ぎ頃かと」

オバン「じゃあ、大丈夫ですよ」

わたし「!?」  

6時といえばピークの時間帯ではないでしょうか?
それにしたって5人からしか予約出来ないなら、日にち聞くより先にその事を教えるべきでしょう。

なんだか割り切れなかったのですが、行ってみて納得。
一階と二階で席はかなりの数。これで満席になるのは想像するに忘年会シーズンだけじゃないでしょうか。

heya

6時半頃でこんな(↑)具合でした。

創業は明治30年だそうです。
って事は113年の歴史があるわけですね。
ちなみに建物は昭和4年建造だそうです。

hibachi

写真ではちょっと解りづらいですが、鍋はガスでなく炭火です!

とっても美味しかったです。
電話のオバサンも江戸っ子ゆえの応対なんだと許せちゃう、お味と雰囲気でした。



ここで話しがガラリと飛ぶのですが(いつものこと?)、今朝方とても奇妙な夢を見ました。



私は釣りからの帰りで、七輪で釣果の魚を焼いてるんです。
その魚がナント! ニシキテグリ! 

ニシキテグリを焼いてること自体が奇怪なんですが、そこに怪人が登場してきたのです。
全身包帯を巻いた恐怖のミイラ男のような奴なんです。
夢の中では何故かそいつをカレーマンと呼んでました。なんの脈略もなく名付けされてるのも、これまた奇妙奇天烈です。

とにかく怖くて、私はまだ焼き上がらないニシキテグリを捨てて逃げるのですが、彼は私を追ってきます。

追いつかれる!もうダメだ! というところで私は意を決して彼を思いきり蹴飛ばしました。

すると・・・・・・・・・・・・・。






「痛いじゃない!なにすんの!」


ここで目が覚めました。


どうも隣で寝ていたかみさんを思い切り蹴ってしまったようですw(゚o゚)w







タイムスリップしたような空間で食べた美味しい鳥すきが、こんな夢をみさせたのでしょうか? 





蒼穹の昴

NHKの放送受信料金ってやつは、支払い義務は存在するけど仮に支払を拒んでも罰則は無い。

昔はNHKなんて滅多に見なかったこともあって、「見てないよ。うちに勝手に電波を流さないでくれ」なんて受信料徴収に来た人を困らせていたけど、今はちゃんと支払ってます。
実際、最近じゃ見るに値するテレビ番組はNHKがほとんどなんだよね。今まで徴収のオジサン困らせちゃってゴメンね。

subaru今週末の土曜から『蒼穹の昴』が再放送されるらしい。

私は活字を超える映像は絶対に無い! と思ってる。
だからこそ、この前放送していた『坂の上の雲』は、とても面白かったのだと思う(はい、まだ読んでません)。

ドラマの『蒼穹の昴』も、見れば原作の勝ちになることは明白なのだけれど、壮大な中国文化の映像美を見てみようかな・・・・、なんて今、思ってる。
ちょうど今週末はサッカーの練習も、学校催事の関係でグランドが使用できず休みなのだ(だったら、溜まりに溜まった家の諸事を片づけろって?)。



近年、この年になってようやっと歴史の面白さに目覚め(今さら遅いか?)、特に幕末から明治維新の頃の物を読むことが多くなった。
浅田次郎の「蒼穹の昴」は先月読み終えていたのだけれど、ちょうど日本のその時代の頃のお隣の国のお話しってことで、それはそれでけっこう面白かった。

「難しく考えるな。知恵も力も何もいらない。やさしさだけがあればいいんだ。大地も空も時間も、すべてを覆いつくすほどのやさしさがあれば………」。
物語の終盤での、主人公に語りかける言葉だ。

まさか今の日本の総理大臣はこの物語を読んで、あの“友愛”って言葉を使い始めたわけでもないだろうけど、これは乱世、混沌の世にあってこその言葉だ。

友愛もとっても大切だけど、いまの日本に必要なのはやっぱり知恵と力、リーダーシップだと思う。

いまの日本も充分に“混沌”としてはいるけど・・・・。










P.S.2010.2/3 一部不適切表現あり改稿






孤独

NHKが「無縁社会」という特集を放送している。
人との接触がほとんど無く、孤独死を迎える人が増えているそうだ。
困ったことや解らないことがあっても、相談する人がいない・・・。そんな若者が増えているそうだ。

友達はいる(いた)のに「こんな事、聞けない」と独り悩む。

突き詰めて考えれば、人は死に向かって生きているようなものだから、それ故に自らの人生を素晴らしいものにするべく生きるべきだ、とわたしは常々考えている。

だからこそ今日一日を大切にしなくちゃならいのだけど、社会の中で誰にも認められず接触も無ければ、いったいどのように、誰のために“今日”を大切にすれば良いのか。

rota

インターネットは、私たちの世界をものすごく小さなものにした。
昨夜もロンドンの友人からメールが届いていた。
プラハに居る友人は日々、現地の様子を知らせてくれている。

地球の裏側にいる同級生とも、瞬時に連絡が取れ彼らの日常生活もSNSやTwitterのおかげで手に取るように分かる。

けれど、その距離感を感じさせないことが逆に孤独感を増大させてはいないか?
とても遠い精神的な距離(=無縁)を作り出してはいないか?

人は対面して会話することが絶対に大切なんだ。
地球の裏側にいる友人とはネットを活用させてもらうけど、すぐそこに居る友だちに、なぜ直接会おうとしないのか?

いまの若者が礼儀を知らず、人とのコミュニケーションを取ることが非常に下手なのも、対面することが減ったことで礼儀や人間関係を学ぶ機会が減ったからだろう。

本当はちっとも孤独でも疎外もされていないのに、勝手にそのように思い込み、自ら人との接触を拒んではいやしないか?



写真はロタ島・松運丸にて。





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