タカラガイの独り言

ダイビングや旅のこと、子どもたちとのサッカーの事など徒然に。

2005年05月

我が愚息達

「近頃の若い連中ときたら……」という科白を聞かなくなった。十数年前には爺様たちのこの言葉を良く耳にしたものだ。

私もバカな若者を見る度に「近頃の若い連中ときたら……」と、出来うることなら当の本人に小言の一つも言ってやりたいのだが、怖いのでグッと堪えている。
それでも我が愚息達は「いつか父さんはバカな奴に刺されるか大怪我するか、下手をすると殺される」と物騒なことを言う。どうも昔の血の気の多かった頃の私の印象が強いようだ。確かに昔はよく喧嘩もしたし、悪ガキを見つけると知らぬ他人の子供だろうが叱ることもあった。
が、現代では何を考えているのかサッパリ想像もつかない輩が多いので静かにしている。まだ死にたくはないので。

それにしても、やはり礼儀のなっていない若者がやたらと目に付く。電車の座席に浅く座り大股開き、混雑していようがお構いなしに足を組みヘッドフォンからは音符ズンチャカ音符ズンチャカと騒音を撒き散らかし、見るに女子高生のような子供が水商売の女性のようなファッションで平然と公衆の中で化粧をする。
いったいどんな躾をしてきたのか親の顔が見たいと思う。その様な姿、行為を見て平気なのだろうか?

とは言うものの我が愚息達は私の目の届かない所では何をしていることか……。少々心配ではあるけれど信じるしかない、我が子だから。信じているから、万が一“何か”をしでかしても「ウチの息子に限って…」などとは絶対に言わない。子供達の言い分を私は信じるだろう。

そんな心配な愚息達も、何とか大学に入ってくれた。先に出てきた愚息NO.1は、来年には社会人だ(予定では(^_^;;;  )。愚息No.2も多分あと2年で卒業できるだろう。

学生時代の私は家にいた記憶が無いのだが、我が息子達は出ていってくれ、と言っても家にいる。お陰で夫婦水入らずの旅行が出来るのは嬉しい限りなのだが、父親としての私は、もっと見聞を広めて欲しいと願っている。家を出ていって欲しいのだ。出来ることなら若いうちに日本を飛び出して欲しいのだ。













華僑の人々

私の親友が上梓した。「華僑 大資産家の成功法則  お金がなくても夢をかなえられる8つの教え」(小方功著・実業之日本社刊)
彼が中国留学中に出会った大資産家の華僑達から学んだことが書き連ねてある。これを読んで大富豪になれるか否かは本人の努力次第かと思うけれど、私たち日本人が忘れかけている、とても大切なことが書かれていて、それなりに興味深かった。

華僑の人々は仲間をとても大切にするそうだ。
数年前の事だが私の会社に突然、華僑の人が私を訪ねて来たことがある。突然の訪問に驚いたが、片言の英語と日本語で話を聞くと、彼らはシンガポールの上場企業役員で、日本での提携先を探しに来たという。
この状況、普通だったら「ナニカアヤシイ…」と断る場面だ。
「何で我が社を選んだのですか? しかもアポ無しで突然の来社とはお急ぎの案件なのでしょうか?」という私の問いに彼らは、
「御社を選んだというよりはあなたにお願いしたいのだ」と言った。ますます「???」の私に、「あなたが小方の親友だと聞いたからだ」と彼は言った。

彼ら華僑の世界では、自分が信頼する人間が信用しているなら自分たちも信用できる人間である……ということらしい。

残念ながら提携の件は、話が進む内に当の役員が他の会社に引き抜かれてしまってお流れとなった。
で、華僑の教えを受けた私の親友・小方くんは現在、資本金37000万円、従業員80人以上の会社の社長である。
ご興味のある方はご一読ください。上記、本のタイトルよりアマゾンへリンクしています。

お客はどちら?

今日、バスに乗った。
乗車の際、たまたま小銭が切れていたので5000円札を両替機に入れようとしたら「1000円以外は両替出来ないんです!」と、運転手が札入れのような物を取り出して1000円札5枚を手渡しながら「気を付けてください!」と語気強く言われた。
「はい、済みません」と1000円札を両替機に入れ、残りの札を財布に仕舞おうとしたら発車され、よろめいた。
「済みません」とは言ったものの、何かしっくりこない。そうだ! お客は私なのだ!

5000円や1万円札を出されて両替が出来なかったら乗るな…ということか?
「気を付けてください」と君らが言えるのは運航中の席の移動と、停車中のバスの前後を横切る行為くらいのものだ。
旧札の両替が出来ないというなら、まだ少しは許せるけれど対応するべきは小田急バス、あんたの方だろう。お客に小銭を用意しとけとは何という言いぐさか、バカ者め!
まともな運転手さんもいるだろうに、たった一人のバカ者運転手が小田急バス全体の印象を最悪にした。気を付けた方がいいよ、尾淵社長。

出会いと別れ

新潟に住む叔父が死んだ。能梗塞で倒れ、以来半身不随生活を18年間送り、晩年は寝たきりだった。さぞや辛かったことだろうと思う。

昨年はその叔父の母、私の祖母が他界し新潟へ行ったので約1年ぶりの新潟だ。
私の両親共に新潟生まれなので、こんな時にしか親戚に会えない。そういえば一昨年は中学校の同級生が他界した。葬儀場で30年以上会っていなかった仲間と会い、不謹慎にも故人を偲ぶより、懐かしい話しに談笑した。
段々、このような時にしか会えない人々が増えてきた。しかも出会いよりも別離の回数の方が多くなってきている。



最悪のG・W

4月27日から5月13日まで、髄膜炎で入院生活を送っていた。G・Wをまるまる病院のベッドで過ごしたのだ。

入院する数日前から喉が痛み37?8度の熱があった。いつもの扁桃腺炎症による発熱だろうと、常備薬を飲み、うがいをしていれば直ぐに治るだろうとタカをくくっていた。だが熱は下がるどころか数日後には40度を超えた。
慌ててかかりつけの医者に赴き点滴を打って貰ったが、熱は下がるどころか翌日には41度を超え、激しい頭痛も出てきた。ちょっとした衝撃でも頭をハンマーで殴られたような激痛が走る。歩くこともままならない。そのまま緊急入院となった。

予定通りだったらマーレ環礁のホワイトサンズという小さな島でG・Wを過ごす予定だったのだが、まさか病院のベッドで過ごすことになるとは…。まさに最悪のG・Wだった。

けれど、もしも発病があと4?5日遅れていたら、きっと死んでいただろうと思う。扁桃腺からの熱だからと、常備薬を持参して行っていたはずだから。まともな医療施設も無い熱帯の小さな島で発病していたらアウトだった。

それでなくとももう少し入院が遅れていたら大変なことになっていたそうだ。まだ後遺症なのか微熱と軽い頭痛が残り、視力が元に戻っていない。
もしも島に渡っていたらと考えるとゾッとする。


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