タカラガイの独り言

ダイビングや旅のこと、子どもたちとのサッカーの事など徒然に。

海外旅行

私が初めて海外を訪れたのは中学生のとき、「香港&マカオの旅×日間」というヤツだった。海外旅行好きの父に同行しての正月旅行だった。中学生だというのにへべれけに酔っぱらっていた記憶が残っている。それが父との旅行の最後だった。私は一人旅をするようになっていた。

その後、自分の意志で初めて訪れた海外がパラオだった。それまで日本全国をくまなくオートバイで走り回っていた自分は、日本が一番美しい国だと信じていた。しかし、初めて訪れた南海の島国は強烈な美しさだった。自然が自分の手の届くところにあることに驚いた。
以来、訪れるのは南国ばかりになった。d6c050eb.jpg

パラオの次に訪問した海外はニューカレドニアだった。イル・デ・パンという島に滞在し、手つかずの自然を満喫し、ウベアという島(写真)ではまさに“天国に一番近い島”を実感した。写真の中に写っているのは私の妻と次男だ。人影無く何処までも続く海岸線には、おびただしい数の美しい貝殻やサンゴが打ち上げられたままで残っていた。エメラルドグリーンの海も表現のしようが無い乳青色で、空はどこまでも蒼かった。

それ以来私は、世界中の美しい自然や見知らぬ生活を見たくなった。休暇をまとめて取れる様なチャンスがあると、さて何処に行こうかと思案し始める。幸せだと思う。とても恵まれていると実感する。そして見知らぬ海外を訪れる度に、生活レベルのあまりの異なりに愕然とする。そして再び自分の恵まれた環境に気づき、感謝の念を強くする。
2年ほど前、チュークという島を訪れた際に、デュブロン島の製氷工場を見学した。工場の中は氷を造るどころか、島民の洗濯物が干されていた。森喜朗前総理大臣がODA予算を数億円注ぎ込んで造った製氷工場だそうだが、電気もまともに配給されない島では冷蔵庫も無い。氷を作っても意味が無いのだ。

自分自身でその地を歩き見ることで、初めてその地の人々が求めている物が判る。私は少しでも、自分が訪れた気に入った国の手助けをしたいと思っているのだが、一体わたしに何が出来るのだろう? 今思えば、せめてもっと父に同行してあげるべきだったと思う。少なくともそれぐらいのことは出来たのだから。

ネット歴

パソコン歴を数えてみたら12年以上になる。悲しいかな、その割にはレベルの低いところで右往左往している。
初めてのパソコンはウィンドウズ3.1搭載のエプソン製PCを友人から譲り受けた。確か25万円ほど支払った記憶がある。今にしてみれば、物凄く高い買い物だ。なにせCPUはファミコン以下、メモリだって8メガほどだったのではないか? フロッピーが5インチで2枚入れて作業する面倒くささだ。

それでもインターネットの走りであるモザイクなんかをやってワクワクしたものだ。1枚の画像を表示するのに10分以上かかる。通信速度は確か9600bpsだった。そして翌々月のネット接続通信料金の高さに飛び上がったものだった。

今のネット世界をあの当時と比較すると、クロマニヨン人が10年そこそこでロケットに乗って宇宙旅行するようになるほどの進歩スピードだと思うが、果たしてオーバーだろうか。

かつては残虐な画像サイトや児童虐待の紹介サイトなどが氾濫していたようだが、最近では自然浄化されあまり無いとのことだ。しかし、昨日の新聞には闇サイトが摘発された記事が出ていた。殺人請負サイトだとか。もっと馬鹿げた話だ。

今のネット世界はウソと真実が渾然一体としている。どれが真実で、何が嘘なのか自己責任のもとで判断しなくてはならない。人は善の中で生きていると信じれば、いずれそのような悪質なサイトも駆逐されるのだろうけど、それでも人を騙し自分だけのことしか考えない輩はいなくならないだろうから、完全に消え去ることは無いだろう。

コミュニケーションを取ったり、情報を得たり発信したりと、時代を大きく変革させていることは事実で、私も時代に乗り遅れないよう必死に知識を蓄えていきたいのだが、最近は追いついていけない(T.T)
歳なのか努力が足りないのか………。

※ウェッブとのリンクを外しました。それに伴ってコチラの書き込み解禁しました。ヨロシク!m(_ _)m


伊江島

3連休を利用して沖縄県の伊江島へ行って来た。
出発当日の、フライト時間4時間前まで、行こうか止めようかと迷っていた。台風17号と18号がダブルで北上してきていたから。18号の方は早々と進路を西にとってくれたので無視できたのだが、17号の方は東へ行くか北へ上ってくるか微妙だったのだ。午後3時時点で東へ行くことがほぼ間違いないと思われたので、出発する事にした。bf80ad3f.jpg

伊江島はなんとものどかな島で、港から続くメインストリートにスーパーと民宿、スナックや居酒屋が数軒並んでいるだけ。食料品店も開店は午後3時から…なんて表示がしてあったりして、人影すら見ることは稀だった。

帰路は本部港行きのフェリーに乗って美ら海水族館に寄ってきた。fbad561e.jpg
水槽の前面を最初に見られる場所の右端に、あまり知られていないようだが飲食しながらその大水槽を見ていられる場所があって、ここは最高だった。椅子に座ってビールを飲みながら3頭のジンベエやマンタなどを観ていられる。手が届く位置にあるガラス(触ってはいけない)に顔を近づけていれば魚たちがこちらを見に寄ってくる。

私は基本的に人の手が入り込んだ自然(もどき)が好きではない。餌付けされた魚や動物たち。人間が作り上げた森や池など、どうしてもウソっぽくて嫌いだ。餌付けされた魚や動物たちを見ると悲しくなってくる。美ら海のジンベエやマンタだって、大海原で泳ぎたいだろうと思う。そう思っている私なのに、ビール片手に彼らを眺めている事が楽しくて仕方なかった。勝手なものだ(^_^ゞ

デモシカ先生

大学時代、教職に就きたくて教育課程を専攻していた。その夢は父の大反対で潰えてしまったけれど、現在の職業に満足しているので今は悔いはない。

10数年ほど昔、少年サッカーの合宿で私は引率の教諭と大喧嘩をしたことがある。何で教師になったのかという私の問いに、その先生は「それしか成りようがなかったから」と答えたのだ。教職が夢だった、当時はまだ純粋だった私(笑)は激高した。思わず「お前は先生という言葉の意味が判ってるのか! お前などに人を教える資格などない!」と罵倒してしまった(^_^;;;
いま思えば大変失礼なことをしてしまったと後悔している。若気のナントヤラ…って事で許して欲しいのだが、いまではその先生がどちらに赴任されているか知る由もない。

当時は就職難が続いていて、その様な教師が結構いたらしい。デモシカ先生というのだと聞いたことがある。先生しかなれない、先生にでもなるか…って事だそうだ。
今の日本の教育が情けないものになっているのは、決して彼らだけの所為ではなく日本の政治が、文部省が悪いとは思うが悲しいものがある。
ところが少子化が進む日本で、学校経営も大変だろうと思っていたら、ナント!教員不足になりつつあるのだそうだ。

少子化の影響で大学生の人数が減っている一方で、一般企業の求人は逆に増えてきているから教師にでもなろうという者が減っているらしい。それは今後、ますます少子化が進むにつれて顕著になるんだそうだ。なので、私立の有名校などは既に教師の獲得に奔走しているのだそうだ。

定年を迎えた企業人を教師に採用してはどうかと思うのだが、どうか? 小中学校レベルの教育で必要なのは、勉学も大切だけれど、それ以上に人間形成だと思うのだが…。高度成長期を経験してきた、日本経済の牽引者ともいうべき方々の中にこそ、素晴らしい教師がいると思うのだが。

大学時代、バリバリの体育会に所属していた。あまりのしごきに耐えかねて2年で辞めてしまったけど…。
1年の時、何度も学内で寝泊まりを強要された。雑多な作業を先輩から押しつけられて、実際のところ寝泊まりしないと終わらないのだ。
深夜まで作業をするから、当然腹が減る。ところが鬼のような先輩がいて、夜食など食べさせてもらえない。最初の頃は水を飲んだりして空腹をごまかしていたけれど、部室泊が1週間も続くと流石に辛くなってくる。

ある夜、たまたま鬼の先輩が帰宅し、2番目に怖い先輩が熟睡している隙に、私はコッソリと部室を忍び出て、遠くから聞こえる音符い?しや?きイモ?音符の声を追った。翌日の分もと大量の石焼き芋を買い込み、その場でガツガツと食った。

その翌朝……、猛烈な苦しみに襲われた。初めて体験した胸焼けだった。当時は胸焼けなるものを知らず、結局苦しみながら、せっかく認められている食事も摂る事が出来ずに1日を何も食べずに過ごした。

以来、私はイモが嫌いになった。焼き芋は勿論、パサつくジャガイモやパンすら食べる気になれなくなった。
また、あの焼け付くような苦しみに襲われるのではないか…、ノドに詰まって窒息するのではないか…、という想いが脳裏をかすめるのだ。
しかし、決してイモの味が嫌いなわけではない。その証拠に焼酎を飲むときはイモばかりだ。


日本の未来

自民党が圧勝した。
そうなりそうだと予測はしていたけれど、少しガッカリ。また癒着政治が続くことになりそうだ。

郵政の民営化よりも、私個人としては年金や医療保険の方が重大だ。
日本の未来を、私の愚息も含め日本の子供たちの将来を思えば、郵政よりも40万人とも50万人を突破したとも言われているニート(無就業者)の存在や温暖化に象徴される自然破壊の進行の方が心配でならない。
詰め込みの教育でなく、自分自身で物事を捉えて考えられる知力を養う教育をして欲しい。人間も自然の一部であるということを広く知らしめて環境保全に力を注いで欲しい。

でも、確かに改革が必要な事は日本人全ての一致した意見だと思う。それが“郵政民営化”を一貫して唱えていた小泉首相に具現化・実現性の高さを感じ、自民の圧勝に結びついたのだと思う。
たとえ郵政だけでも完全なる民営化を実現して欲しい、と願う。何も出来ないよりはずっとましだから。

国民のために働くべき官僚達が自分の立場を忘れ、強大な権限を広範囲に持ち、それを当然の権利と言わんばかりに振り回しているような国は、いずれ衰退に向かうだろう。だから“郵政”という米びつが民営化されることで、少しは官僚たちの権限(資金力)が削がれるのは良いことだ。

道路公団のように、名ばかりの民営化にならないことを切に願う。名前だけの、知名度だけの、一度も投票にすら行ったことのないような立候補者が出ず、それを許さない日本であって欲しいと切に祈る。
その国の政治は国民の顔でもある。自民党は単独(独裁?)政権を得たのだから、せめて日本人の誇りを失うような政治だけは止めて欲しいものだ。

パニック!

ダイビングで一番恐いのはパニックだといわれる。確かにそうだと思う。冷静さを欠いた時、人は残された脱出方法を限りなく見つけづらくなる。

ダイビングのライセンスを取得し、初めてのファンダイブ。
沖縄本島の読谷村・読谷漁港の沖合い にある生け簀にジンベイザメが飼われていて、その餌付けに同行ダイブが出来るという。私はこれに参加した。このファースト・ファンダイブでパニックを起こした。

その時の沖縄はナントカ風の影響で、猛烈に澄み切っていて透明度は50mを優に超えていた。ボートからジンベエが飼われている生け簀入り口(多分水深は20mほど)まで潜行しなくてはならないのだが、下を見ながら潜行を開始したその時、私は恐怖に襲われた。

なにせ物凄い透明度で、何処までも見えるのだ。私はこのまま海中深く沈んでしまう妄想に襲われ、パニックを起こした。潜行スピードも早かった。初めてのダイビングで自分の適正ウェイトも判らず、多めの重りを装着していたためだ。動悸が速くなり、呼吸も荒くなり…。慌てて浮上してしまった。BCにエアーを入れる余裕もなくフィンキックだけで。水面に出てもBCにエアーを入れることを思い出さなかったと記憶している。

潜水直後で水深も10mに満たなかったと思うので、潜水病になる危険性は少なかったとは思うけれど、急浮上はよくない。船が曳航していればスクリューに巻き込まれて大けがだ。

海上にはこれから潜行を開始しようとしているイントラがまだいてくれて、私の顔をのぞき込み「落ち着いて。ハイ、深呼吸をして」とアシストしてくれた。多分、私の目は大きく見開かれたままだったと思う。そんな私をよく再度潜らせてくれたものだ。

もう一つ。
3年前、伊豆の神子元でロストしたことがある。水深は15mあたり、透明度は7mほど。潮流も激しく、私は自分のバディを見失い、同僚の姿も見えぬまま海中で独りぼっちになってしまった。とても恐かった。透明度が良ければ、少しは気持ち的に楽なのだろうけど、周囲がほとんど見えないのだ。しかも自分の身体はどんどん流されている。

この時はパニックは起こさなかった。2分ほどそのままバディを待ち、戻らなかったので浮上を開始した。ゆっくりと。BCのポケットにはフロートが入っている。この時間なら、先ほど私達を落とした船が見つけてくれるだろうと考えていた。それより、船に拾われたときの恥ずかしさが脳裏を横切っていた。

この時、浮上中に偶然同行の者たちと出会い、そのままダイビングを続けた。本当はいけないのだが。一人行方不明のままダイビングを続けるなどもってのほかだ。インストラクターの指示に私は従ってしまった。でもあの時、私は揃って浮上することを強く意思表示するべきだったと思う。
幸い、迷子になったもう一人は、他のグループに混じってダイビングを続け、偶然にも一緒の船に戻ってきた。
浮上後、船上でこっぴどくイントラが怒らたのは言うまでもない。


北海道

日曜、月曜と北海道へ出張で出かけた。出張と言ってもお客さんとのゴルフがメインで、両日ともゴルフ。
年に6?7ラウンドほどしかプレーしない私にとって、2日連日のゴルフは少々堪えた。月曜日は航空便の時間調整もあって、1ラウンド・ハーフしたものだから、まるで一年分のゴルフを二日間で消化したような気分だった。

廻ったコースはアーレックスゴルフ倶楽部とニドム・クラシックコース。
ニドムはまるで山岳コースのようで、北海道のゴルフ場っぽくなかったけれど、フェアウェーに転々と鹿の足跡(写真)4483b40e.jpg
があったり、コースの外れで姿を見かけたりして、それなりに北海道らしさを垣間見ることが出来た。

高校生の時に初めて北海道へオートバイで訪れ、その雄大さに惹かれて7年ほど毎年通い詰めた。当時は高速道路は札幌=小樽間しかなく(鈴木宗男氏が議員になっていなかったから?)、幹線道路を走っても対向車とすれ違うことは、札幌や函館、小樽、帯広などの都市部以外では稀だった。どこもかしこも自然一色だった。
それが今では高速道路は張り巡らされ(決して熊だけが利用するようなことはない)、交通量も多い。見渡せば確かに原生林や牧場なども見られるけれど、そこにはかつての面影はない。

そういえば、昔の北海道で鹿に出会った記憶は無い。逢ったのはキタキツネとツキノワグマ、放牧された牛と馬、北の宗谷岬ではアシカ。
それが今では至る所に鹿がいた。鹿がそれだけ増え、人目に付くようになったと言うことは、他の動物たちが減ったとうことか。生態系のバランスが崩れているような気がしてならなかった。

プチコック

JR神田駅と地下鉄淡路町駅の中間あたり、路地を一本脇に入った所に『プチコック』という、その名の通りの小さな食堂がある。一階が厨房で席は二階。細い階段を上っていくと6人掛けテーブルが1つと、4人掛けテーブル1つしかない。都合10人しか入れないのだ。だから、何度か出向いたことがあるが、すんなり食せたことは2度しかない(食事で行列に並ぶのが大嫌いなのだ)。

aaa67389愛想のない女将さんが1階と2階を忙しそうに行き来している。顔を見たことはないが、きっと親父さんも不愛想な「べらんめぇ、神田の生まれよ!」ってな人の様な気がする。その根拠は……。
1.まるで商売ッ気がない。不愛想な女将さんもそうだし、客はまだ来るというのに2時前には店を閉めてしまう。

2.とにかく安い! 写真のエビフライ・ライスは、エビフライが7匹も付いて750円だ! エビフライだけでお腹が一杯になってしまう。それ以外のメニューもボリュームたっぷりで600円~750円。

まさに学生街の食堂のようなお店なのだ。神田の駅に近く、もう少し広い店舗で商売すれば、きっと大繁盛すると思うのだが、あの不愛想な女将さんや商売っ気のない営業をみていると、今のままが理想の営業のカタチなんだろうなぁ。金よりももっと大切なものがある! って言っているような小さな食堂なのだ。







素通り40年

このネタを書くと「知る人ぞ知る…」で私の住まいがバレバレになってしまうのだが、なんかとっても凄い発見をした気分なので書くことにした。

私が今の町に住むようになって、約40年の歳月が過ぎようとしている。40年近く住むこの町の駅前に『三浦』という居酒屋がある。5a0fc5aa.jpg

先日、初めてこの店に入った。40年近く暮らしていて初めて入ったのだ。未成年で入るわけには行かなかったけれど、駅前にあるのに今まで一度も入ったことがなかったのだ。

その理由は、帰宅途中でこの店の前を通るといつも常連さんらしき人達で一杯だったので入りづらかったのだ。

で、先日……。開店間際のまだ常連さんが居ない時に、初めて入って驚いた! 写真のごとく小さな店なのだが、店内は超レトロ。オヤジさんもひと昔前のオヤジそのまま! 気温30度を越えるのに冷房設備はナシ! 客ひとり一人用のうちわが用意されているだけ。
だから何時も入り口が開きっぱなしだったんだ(ナットク!)。
メニューなんか、いつ書かれたものかシミが付いちゃってるし、更に驚いたことにこんな住宅街の居酒屋なのにクサヤを置いている! (道理で入り口が開きっぱなしな訳だ、更にナットク!)
ビールを頼めばジョッキではなくビンで出てくる。コップはキリンビールのマーク付きサービスコップ! 

オヤジさんに聞けなかったけれど、開業して50年近くはたつのでなかろうか? きっと店内の様子は50年前と一緒なのだと思う。入れ変わったのは客だけだろう。
今時珍しい居酒屋だ。タイムスリップしたような感覚を味わった。

選挙

総選挙が近づき、新聞はもとより朝のワイドショーまで、この話題で大賑わい。
ホリエモンは出馬するのかしら? 自民党も民主党も彼にコンタクトを取ったらしいから、可能性は高いのかも。東ちずるは「馬鹿にするな!」と怒鳴った、なんて報道もあったけれど出馬辞退は本当らしい。

それにしても日本の選挙ってのは、なんだかなぁ…。プロレスラーや女優、競輪選手や歌手まで議員になれちゃうってんだから。そういや数年前は東北の方で覆面レスラーが確か県議かなにかに当選しちゃって、覆面したまま議会に出席し避難を浴びていたけど。

1億総アイドル時代…なんて言葉があったけれど、今じゃちょっと知名度さえあれば、誰だって政治家になれる時代なんだ。政策なんて関係なし、ましてや“セイジ”の事なんか知らなくても問題ナシ! だから政治学なんて学んでも意味はない。大事なのは知名度だけ。

小学生の頃、クラス委員を選出すると、決まって選ばれるのは人気者、かっこいい奴が選ばれたものだ。クラス委員の選出=人気投票だったんですね。統率力やリベラル性、行動力&実行力なんて小学生に判断できるわけがない。

日本の総選挙がそうならないことを切に願う。その国の政治は国民の顔でもあるのだから。

虫捕り

大阪でセミが異常発生しているそうだ。しかもアブラゼミやミンミンゼミではなくて、沖縄地方に多いクマゼミが大量発生しているのだそうだ。
ジワジワとなくクマゼミの鳴き声は、暑苦しい。感覚的に暑さを助長するようであまり好きな鳴き声ではない。頭の上で鳴かれるミンミンは、けたたましくて煩いけれど、夏っぽくて好きだ。もっと好きなのはカナカナカナ…と鳴くヒグラシの声だけど、都会ではすっかり聞かれなくなった。

私が住む世田谷は、昨年はセミの鳴き声も喧しかったけれど今年は少ない。
それにしても子供たちが昆虫採集アミを持ち、虫かごを肩から下げて走り回る姿を何年見ていないだろう?

私の子供時代は夏休み=虫捕り…みたいなほど虫捕りに明け暮れていた。
ギンヤンマ(トンボです)を追いかけ、気が付いたら見知らぬ土地まで来ていてとっても不安な思いをしたことがあった。
セミを探して上ばかり見て歩き回り、肥だめに落っこちたこともあった。1日でセミを200匹近く捕獲し、虫かごの中がギシギシだった事もあった。セミやトンボたちがまだ寝ている早朝は、クワガタやカブトを探して森を徘徊した。

確かにカブトムシやクワガタなんか、捕まえたくとも都会では不可能に近い。ときどき自宅の明かりに飛んでくるのもいるけど、あれは買われたカブトが逃げ出したのだろう。

生き物に接することは、無機質なテレビゲームなんかよりずっとワクワク・ドキドキすると思うのだが、今の子供にはそうではないのだろうか? それとも親が熱射病になるからと外出を禁じているのだろうか? 
そうか! 最近の小学生は虫よりボールかもしれない。サッカーや野球に夢中な子供たちは一杯いる。ウ?ン、確かにサッカーもワクワク&ドキドキするなぁ。仲間と一緒の夏休みは、それはそれなりに思い出深いものになるに違いない。


郵政民営化

小泉首相がキレて、とうとう解散しちゃいました。
個人的にはそろそろ自民党に遠慮頂いて民主党あたりに日本の舵取りをお願いしたい気持ちです(多分、それでも日本は良くはならないだろうけど)。

それはそうと、郵政の民営化ってそんなに大事なんでしょうか? 正直言って私は郵政が民営化されて国民に与えるメリットが解りません(どなたか教えてください)。
郵政公社に集まったお金がどうでも良いことに使われているんだとしたら、別に民営化しなくともその無駄使いを改善すれば良いだけのことだし…。

今の日本には早急に何とかしなくてはならない事が、他に一杯あると思うのですが、郵政民営化が否決されたからといって、解散までしてしなくてはならない事なんですか?小泉さん。

ウェッブ制作

海外旅行をするようになった10年ほど前、私の調べ方もヘタだったのかもしれないが、なかなか有用な情報をネットで集めることが出来なかった。

それで、だったら自分で残してみようかと始めたウェッブ制作。始めてみると、有用な情報自体を集めることが如何に大変かを知った。わずかな時間の訪問で、有用な情報など集められるわけがないのだ。

それでも始めてしまうと止めるわけにもいかない。旅行をする度に数日間を部屋にこもって画像の整理やらなんやらで潰すことになる。
これはこれでそれなりに楽しんではいるのだけれど、今回制作したメナドのサイトは苦労した。画像素材は多いのだけれど、使用に耐えるカットが少ないのだ。陸上のカットが少ないからだ。

水中写真を初めて3年ほどになるけれど、本当に難しいと思う。写真は昔から好きで撮っていたから、それなりの知識も技量もあるつもりなのだけれど、水中のものは数百カットを撮っても使えるのは10カットに満たない。なので高砂淳二に嫉妬するのだ。どうしてあのように作ったような写真が撮れるのだろう?

話は戻ってメナドのサイト作り。海中の写真ばかりというのはサイトを作る上で難しい事がわかった。写真の羅列で終わってしまうからだ。撮影した際の状況を克明に記録しておかないと、フォトアルバムになってしまう。

それはそれで良いのだろうけど、当初の「有用な情報」には到底なり得ない。
メナドに行く前はタンココと呼ばれるところにも行きたいとは思ったのだけれど、丸1日かかるというので止めにしたのだ。タンココサルにも逢ってくれば、また一味違ったサイトになったんだろうけど、残念!


猛暑のゴルフ

昨日、休暇を取って母をゴルフに連れて行った。
母は66歳頃からゴルフを始め、70歳を越えた昨今かなり夢中になっている。なので連れて行こうと思い立ったのだが、この猛暑の中のゴルフはかなり心配だった。「少しでも体調が変だと思ったら直ぐに止めなよ」とは言っていたが、当の本人がゴルフ大好きときてるから無理をしなければ良いのだけれど…と気にかかっていた。

正直、私自身がリタイアしたいくらいの猛暑だった。気象庁は気温35度と発表していたけれど、芝生の上は軽く40度を超していただろう。しかも無風。ほとんど低温サウナの中でゴルフをしているようなものだ。
ラウンド中にかなり水分補給(アルコールも(^_^;;; )したけれど、トイレに行くことはなかった。全部汗となってでてきてしまう。

流石にゴルフ場も人が少ない。キャディーさんに聞いたら8組しか入っていないと言っていた。こんな状況下でゴルフをする酔狂は少ないだろう。
それにしてもお袋はタフだった。8組×4人=32人。その中できっと最高齢だったのではあるまいか。

次回はもう少し気候の良いときに連れて行ってあげようと思う。出来ればカートに乗って好きに回れるハワイのゴルフ場みたいなコースがいいな。




映画「オープンウォーター」

「オープンウォーター」を観た。
詰まらない映画だった。第1にシチュエーションが現代のダイビングで「無い」とは断定出来ないけれど、まず有り得ない。
第2にサメは人を襲うことは滅多にない。娯楽映画『ジョーズ』なら許せるけれど、ダイビング映画であそこまでサメに対する恐怖心を煽ることに疑問を感じた。

映画自体の脚本と演出の稚拙さは、映画のオープニング当初は初々しく感じられたけれど、エンディングを迎えた途端に不愉快を通り越していた。

監督は一体何を伝えたかったのだろう? サメは怖いよって事か? ダイビングは危険だよって事か?

私が知るダイビング事故のトップは溺死だけれど、ロストによる漂流が一番記事になり得るのも事実だ。溺死よりも漂流の方が記事にし易いからだろう。でも、この映画の漂流は「無い」とは言い切れないけれど、限りなく有り得ない。
オーストラリア・グレートバリアリーフでもタオ島でも、大きな船に数十人が乗り込んでダイビングに出向いたけれど、あんな杜撰な人数カウントはしていなかった。
世界各国の海で多くのサメと出会ったけれど、サメの方が人を恐れて逃げていった。

ダイビングを軽んじるのもどうかとは思うけれど、あそこまで誇張してサメやダイビングを怖いものと演出されるのは正直言って不愉快だ。娯楽作品のつもりで作ったのかしら?
ダイバーが観れば腹が立つだろうし、ノンダイバーが観れば「ダイビングなんてしたくない」と思うだろうし、どちらにしても最低の映画だった。ロードショー公開でなかった事がせめても救いだ。いや、あの内容では全国公開は無理だろうなぁ。

海外ダイビング

海外でダイビングした際に困ること。
1.バディ・システムを徹底するショップに当たってしまって身体の大きな人や若葉マークさんと組まされたとき。
2.自分の知らない魚などに遭遇した際のガイドさんが外国人だった時。

オーストラリア・パースの西にあるロットネストという島へ行った時、身体の大きな外人とバディを組まされた。ここは船上でのブリーフィング後、バディ同士で勝手に潜らせるスタイルを取っていた。ガイド無しだ。
私は自分のナビ技術に自信がない。なので若葉さんも困るのだ。方向感覚ゼロ同士がバディを組んで潜るのは怖い(>_<)
ナビに自信が無いからこの時も「I'm After You. As you like.」。外人バディの行きたいところに従うことにしたのだ。ところがこの外人さん、やたらとエアーを消費するようで、最大でも水深15mもないのに30分ほどでイクジットのサインを送ってきた。
あんたに従うよ…とは言ったけれど、「もう上がっちゃうの!?」。私のゲージは残圧140近くを指してる。あと30分は軽く潜れたのに(T.T)

そして、もう一つ。ガイドが外人さんで、魚の名前を英語で教えてもらったとき。その時はスペルを聞いてメモしてくる。帰国後に和名を調べるためだ。
でも、最近はなるべく日本人スタッフのいるショップを選ぶようにしている。一緒に潜ってくれることが一番なんだけれど、一緒に潜ってもらえなくても後で和名を聞くことが出来るからだ。
お礼のメールと共に、帰国後に名前を教えてもらうことも度々ある。ただし外国では通信事情が悪い場合もあるので画像をメールに添付してはいけない。ウェッブ上にアップし、そこにアクセスしてもらって名前を教えてもらうのだ。

今回もメナドのタラサ・ダイブセンターのエリさんにお世話になった。現地でももちろん、帰国後も親切に魚の名前を教えてくれた。
今回のメナドでは400以上ものカット数を撮影した(何時も通り使用に耐えそうなのは数点しかないけど…(T.T)…)。当然のごとく名無しの権兵衛が写っていた。早速ウェッブにアップしてメールで教えを乞うたら、直ぐに返信してくれた。この親切さがとても嬉しい。そんなショップをなるべく利用したいと何時も思っている。

スクィーズ

先回のダイビングで奥歯にスクィーズが生じた。スクィーズとは“Squeeze”で、直訳すれば“圧迫する”とか“脅す”とかの意だが、ダイビングでは水圧による不具合を指し、一般的なのは耳の鼓膜が圧迫されることで生じる痛みだ。飛行機に乗った際に耳がキーンとなるのと一緒。

ダイビングではバルサルバ法と呼ばれる“耳抜き”をすれば解消できるのだけれど、人によっては解消し辛い人がいたり、普段出来ても体調が悪いと出来なかったりすることもある。

今回、私は奥歯にこのスクィーズを感じた。何で歯に圧迫痛が起こるかというと、虫歯治療で詰め物を施してもらった際に小さな空洞域が出来るのが原因だそうだ。ほんの小さな空洞が水圧で神経までを圧迫するからだ。

今回生じた痛みは耐え難いほどではないのだけれど、少しであっても痛みは痛みであり、快適なはずのダイビングに水をさすことになる。

不思議だったなのはこの痛みが、潜行開始直後の水深が10?を超えた辺りから15?ほどの間でだけ生じたことだ。その水深域でいつも痛みが出るのではなく、潜行開始直後だけなのだ。一旦その水深を(痛みを)経過してしまうと、それ以上の水深に潜ろうが、深場からその水深域に戻ってきても痛みは出なかった。

なので、今回はさほど不快な思いで潜らなくて済んだけれど、次回のダイビングまでには治療しておかないと、折角のダイビング行を釣りかシュノーケリングに予定変更しなくてはならなくなる。それも嫌いではないけれど、やっぱり嫌なので早々に治しておこう。どなたか歯科の名医をご存じないか? ご存じでしたら是非、ご一報をm(_ _)m

帰国して

今日、早朝6時30分に成田に着いた。
インドネシア・メナド空港からシンガポール・チャンギ国際空港を経由し、約16時間の移動だった。そのまま成田から会社へと向かい、ようやっと仕事が一息ついたところで書いている。

ただでさえ脂性のたちなのに、疲労から額には油汗が浮かんできている。今日はもう少しで仕事も完了できそうなので早く帰ってゆっくり休むとしよう。

私はこのような疲労が嫌いではない。むしろ仕事に集中できて、仕事が完了したときには清々しさを感じることもある。
しかし………。

やはり旅行が好きだった私の父は、旅行から帰り家に入るなり何時も「あ?、自分の家がやっぱり一番だ」と、必ずしみじみと言っていたものだ。
その度に私は「だったら行かなきゃいいじゃないか」と言っていた。それでも父は何処かに旅行するのだった。帰宅してまるで同じ台詞を言うために出かけているかのように。

私は未だかって、旅行から帰って自宅が一番だ、などと感じたことは一度もない。日本の食事が一番だとは何時も感じてはいるけれど。
“自宅”という日常があるからこそ旅が成り立つのは承知している。帰る場所が存在しなければ旅は移動という日常(自宅)になってしまう。
だから、本当は自宅が一番であることに間違いはない。

けれど私は家に帰るなり、今まで訪れていた土地が恋しくなる。写真や旅行道具の後片付けをするうちに「次は何処に行こうか」と夢想し始めるのだ。そして「明日からも頑張ろう!」と、仕事に対しても高揚した気持ちがフツフツと沸いてくるのだ。

ダイコン

私がCカードというダイビングのライセンスを取得した当時は、ダイブテーブルと呼ばれる体内残留窒素計算表を使用して、潜る度に最大深度と潜水時間から体内残留窒素量を計算し、地上での最低休息時間を割り出していた。
ところがダイブ・コンピュータと呼ばれるとても便利なものが登場して、その面倒な計算をせずにダイビングを楽しむことが出来るようになった。(今ではダイブテーブルの読み方を忘れた(~_~;) )

2年ほど前、私はそのダイブ・コンピュータ(ダイバーの間ではダイコン、と呼ばれる)を船上に忘れてエントリーしてしまった事がある。
とても不安なダイビングだった。バディがいるので彼に寄り添って潜っていればいいのだが、自分がいま何メートルの水深を潜っているのかが判らない。714b8083.jpg


今年の3月には、ハワイ島で今まで使用していたアポロ(写真右)のベルトが取れてしまった。ベルトが無ければ腕に巻き付けられず、手で持ってのダイビング。片手が使えず不便極まりない。まして私はカメラを持ってのダイビングなので、実質両手が不便なまま潜る羽目になる。

その先回のハワイ島からの帰途、機上で小型ダイコンらしきものを付けている人を見かけた。しかも退屈な機上で、そのダイコン(らしき時計)をのぞき込み、ダイビング・ログを記帳していたのだ。「あんなダイコン、欲しいな…」と思い、帰国後に調べたら、あった! スキューバプロというメーカーから売り出されていた。
調べてみると小型でしかもベルトをメタルは勿論、チタン、ゴム樹脂と付け替えることが出来てコンピュータに時間経過にともなう深度の記録を図表化することが出来るのだという。即断購入した。それが写真左のスキューバプロ『Xtender V3』。

本当だったら5月のG・Wデビューのはずだったのだが、生憎のトラブルで私と一緒に寝て過ごした。
明後日からメナドへ潜りに行く。こいつのデビューだ。古株のアポロも連れて行く。両方を装着して、集計ログデータの誤差を見るのも面白そうだ。

家族

困ったときに相談できる信頼できる仲間はいったい何人いるだろうか? 
社会人になってから出会えた親友や信頼できる諸先輩もいるけれど、殆どが学生時代の出会いだ。
古くは中学時代から(何故か小学校時代の友人&親友はいない)大学まで、殆どの友人が学生時代の仲間だ。

先のブログにも書いたけれど、ガンで死んでしまったり、遠方に行ってしまったりと学生時代からの“親友”は激減している。

さて…、再度思い返してみよう。困ったときに相談できる、信じられる人間が何人いるだろうか? 10人もいない。確かにその10人に満たない友は、心から“親友”と言える友だ。けれど、その親友達とも何時かは別れがくるだろう。そうなるとつまるところ、最後の最後まで、自分が死ぬまで信じられるのは家族だけなのだろうと思う。

不眠

一昨々日、一昨日、昨日と3時間ほどしか寝ていない。先週のように涼しい日なら助かるのだが、今日のような真夏日は歩くとめまいがして、駅の階段などは危険極まりない。思わず手すりにしがみつき、周りから怪訝な眼差しを向けられたりする。

熱帯夜での寝苦しさは、氷枕を使ったり打ち水をしてしてから寝るなど工夫のしようもあるけれど、ときどき気温の問題ではなく不眠症になることがある。

心配事があるとか何か問題をかかえているとかではないのに、突然に取り留めのない思考が頭の中をグルグルと交差しはじめて寝付けなくなることがある。こうなると羊を数えようが酒をあおろうが、難解な本を読もうが睡魔はなかなかやって来てくれない。

そんな時は諦めて寝ようとしないことにしている。ところが「絶対に寝ないゾ!」とネットを覗いたり本を読んだりしていると、明け方近くに猛烈な睡魔が襲ってきて、結局、目覚ましが鳴り出す1?2時間前くらいに眠りに着く。
これが、辛い(*_*) このタイミングで起こされるのが最高に辛い…。

メラトニンなども試しては見たけれど、私にはあまり効かなかった。
サッカーをした日などは、カンマ数秒で気絶したように眠りにつくのだから、運動をするのが一番だとは判っているのだが、なかなか……。
要は適度な運動をして規則正しい生活を送る事が大切なのだ。 ………(~_~;)  やはり今の私には無理だ。


亡き親友

一昨日、親友の墓参りに行って来た。
彼とは中学以来の大親友で、寝食を共にした仲だった。だが、直腸ガンにやられ30歳の若さでこの世を去った。
彼の命日は6月11日なのだが、彼がこの世を去ったとき、私も入院していて葬儀にかけつけられず、退院後も墓参せずにいた。私の身体は元に戻っていたが、正直あまりのショックに墓に行くことが出来なかった。

その翌年、家の中で何かを感じるようになった。何かが動いているような、何かの気配を頻繁に感じるようになったのだ。ふと気配を感じてそちらを向くと、家内も同じ方向を同時に向く。「何かいるよね?」。決して私だけの錯覚ではなかった。

この気配が数日続いたある日、私は知人にこのことを話した。きっと信じてはもらえないだろうと思っていたら、意外な言葉が返ってきた。「何か不義理はしていない? たとえば親族の墓参りに行っていないとか」。

驚いた。気配を感じ始めたのは彼の命日あたりからだったのだ。
さっそく墓参りをした。すると翌日から“気配”はピタリとなくなった。私が行かないものだから彼の方からやってきていたらしい。

以来、毎年彼の墓参りを欠かしていない。とはいえ今年はすっかり忘れていて、当時の仲間との酒席で彼の話題が出て、思い出した。それでも我が家にあの“気配”は出ていない。彼も一緒に飲んでいたのかもしれない。

例年の墓参りは、彼の命日が梅雨の時期とあって、雨に降られることが多かったのだが今年は32度を超す猛暑だった。線香に火をともす間に汗が滴り落ちてきた。額から流れ出た汗は目にも入ってきて、他人が見たら墓を前に涙を流しているように見えたかもしれない。が、そのような感慨は今は、無い。
でも、彼の分も頑張らねば…と思うことは事実だ。

話し言葉、書き言葉

仕事でメールを利用し始めた十数年前、ちょっとしたことでトラブルになったことがある。
大した内容ではなかったのだが、私が書いた文章に相手への気配りが少し欠落していたことで誤解を与えてしまったのだ。
返信されてきたメールの、話の矛先がずれた内容からは先方の怒りが感じ取れた。相手の誤解を解こうとメールを返信したら、それは更なる誤解を生み、感情がむき出しになった返信メールが再度届いた。更に説明メールを送ったら、誤解は曲解に変貌し、もはや収拾がつかなくなってしまった。

大したことでは無いのに面倒な事になった、はてさて困ったと思案するうちに、メールでは埒があかないと先方の元へと出向いた。会って説明したら、肩すかしを食らったようにあっけなく解決した。
私のメール文章も拙かったのだろうが、先方も感情剥き出しで文章を書く癖があったようだ。会ってみればむしろ気の弱い、どちらかといえばおとなしい人間だった。

メールを多用する私の知人がいる。多用している割にはメールの文章が私にはきつく感じられる。だから私は彼とのメールでのやり取りを極力避けている。こちらの気分が悪くなるから。
きっと同様の気持ちでメールを受け取っている人もいると思うのだが、彼には私のようなトラブルはまだ派生していないのだろうか? 現に私との関係が疎遠になっている事実をどのように感じているのだろう?

前者の彼も後者の彼も、会えば物腰静かなおとなしい人間だ。どちらもタイプ的には似ている。思うに言葉では自分の気持ちをストレートに伝えられないのかも知れない。だから文章がきつくなるのではないか。

会話は相手の表情を伺いながら出来るので、もしも気に障ったようなことを言えばその場で感じ取り、わびることも出来る。仮に電話で相手の顔が見えなくとも、声のトーンで気持ちをくみ取ることも出来る。だがメールは常に一歩通行だ。相手の表情も、ましてや感情などは読みとれない。

メールはとても便利だけれど、メールでコミュニケーションを取るなど、私には到底無理だ。かといって時候の挨拶を手紙にしたためることも無くなった。これが今の時代なのだろうか。

趣味変遷

卓球、昆虫採集、切手収集、Uーコン、トランペット、サッカー、スキー、釣り、ギター、オートバイ・ツーリング、モトクロス、登山、ゴルフ、ダイビング……。私が夢中になった趣味の数々だ。古い順に列記してある。

小学生の頃、近所に卓球場があって週末はそこに入り浸っていた。小学校高学年になるとU?コン(ラジコンのワイヤー版)とトランペットに夢中になった。が、今では音すら出せない(^_^;;;

中学になり音楽にはまりギターを弾き出した。ビートルズの曲やブルースをコピーして部屋で歌っていた。いま考えると少々恥ずかしいが、最後の頃はかなりの腕前になっていた。そのギターと同時期にサッカー部でしごかれていた。
釣りはフナ釣りに始まってルアー(当時としてはかなり先駆的だった)、渓流、磯釣り……と殆どやったが、鮎釣りだけはやらなかった。何となく年寄りっぽくて(^_^;;;

オートバイは中学時代から無免で乗り始めていたが、放浪癖が出始めたのは大学に入ってから。ヤマハの650ccで日本をおよそ3周した。行く先々で金が無くなるとバイトを探しながら2?3ヶ月をかけて日本を走り回っていた。(まるでフーテンの虎さん、プー太郎だ)
モトクロスはその当時のバイク仲間と遊び半分で出場していたのだが、その相棒が大けがをしたのを期にプッツリと止めた。

社会人になってから登山にのめりこんだ。深田久弥の「日本百名山」を踏破するんだ! なんて意気込んでいた(結局、20山ほどしか登れなかった)。
ゴルフは現在の会社に移った際に、上司から命じられて始めた。初めは嫌々だったが、なかなか100を切れない下手くそな自分の腕前に発憤し、練習場に通い出した。ベスト・スコア82、ハーフでは35を出して満足し、練習はすっかりしなくなった。今では100前後をたたいている。

そして今はダイビングに凝っている。色々とやって来ているけど、未だに続いているのはサッカーとゴルフ、そしてダイビング。
きっと、残るのはゴルフとダイビングではないかと思っている。心情的にはゴルフよりサッカーの方が好きなのだが、流石に体力に自信が無くなってきている。サッカーとダイビングは仕事を忘れられるのがいい。釣りも登山もゴルフも、何かの拍子に仕事を思い出してしまうのが残念だ。
私には自然を満喫できるものが合っているようだ。ここ数年、登山も釣りもしばらくしていないけれど、もう少し時間(余暇)にゆとりが出来たら、きっと復活するだろうと思っている。


夕焼けこやけで陽が暮れて

朝焼け・夕焼けが好きだ。
瞬く間に空を茜色に染めて、その色調はどんどん変化して、瞬く間に色褪せていく。その色合いと瞬時のことであることがいいのだ。

ポンペイで出会った夕焼けは、ビールを飲み干す間もなく空の入道雲を茜色に染め、眼前の湾がその茜色の入道雲を映していた。素晴らしかった。

チュークで遭遇した朝焼けは、鏡のようなベタナギの海面が真っ赤に染まり、恐ろしいほどの美しさだった。

ダイビングを終えて、何とも言えない倦怠感のような疲労を感じながら、ビールやカクテルを飲むのが好きなのだが、その時にこんな夕景に出会えるともうたまらない。ダイビングに限った事ではないのだけれど、心底「ア?、だいびんぐハタノシイナ!」と思うのだ。

エアー消費

「ダイビングは一番静かなスポーツだ」と言ったインストラクターがいた。確かに静かな呼吸を保つよう心掛けることが大切だ。いかに余計な動作をせずに移動するかが大切で、運動量を多く、激しくすればそれだけエアーの消費も多くなる。

なので私はドリフト・ダイブが好きだ。水深の調節だけであとは中性浮力を保っていれば、目の前のスペクタクルな光景を流れに身を任せたまま堪能できるし、魚たちにも逢える。
強いて欠点を言うなら、ここぞ! の被写体を見つけたり最高にフォトジェニックなシーンに遭遇しても、シャッターチャンスが限られることだ。
ランギロアでは時速30?ものスピード・ドリフトだったのでハンマーヘッド・シャークやマダラトビエイの編隊に遭遇したのにシャッターは1回ほどしか切れなかった。彼らと私の進行方向が正反対だったので、彼らとすれ違う速度はおよそ50?70?。これでは連写機能が付いたダイビング用のカメラでも無い限り、私の技量でグッド・ショットは望めない。

エアーの消費に関しては、ダイビング本数50本を超えたあたりから気にしだした。数人のグループで潜り、1番先に私のエアーが枯渇して全員をイクジットさせるのは忍びないし、私にもメンツがある。そんなことを気にかけながら潜っている内に、ダイビング本数を重ねる内にエアー消費量は減ってきているようだ。過去の記録、ログを見直すと如実に進歩していることが判る。しかし……。

水中写真を撮るようになると、シャッターを切る際に自分の体が上下しないようにと呼吸を止める。しばらく止め続けると開始した際に呼吸は荒くなる。
昨年、ヤップ島ではそれを避けようと軽く呼吸しながらシャッターを切っていたら、同行のインストラクターに「呼吸が大きすぎる。だから身体が上下して写真が撮り辛くなる」と指摘された。ちょっとショックだった。自分ではかなり軽く呼吸しているつもりだったのに、それでもまだ大きすぎるというのだ。
進歩しているつもりだけれど、私のダイビング技量はまだまだのようだ。道は永いなぁ。

札幌や

営団地下鉄線・日本橋駅のA1出口に向かうと、構内に『札幌や』というラーメン屋f96eebe3.jpg
がある。昼は12時前から行列が出来る時もあるようだ。

日本橋は仕事で時々行くのだが、並んでまで食す気にはなれず、かといって一度は賞味したいのだが、なかなかタイミングが合わない。
かつて14時30分頃に打合せが終わりそうだったので、これはチャンスとばかりに空腹を我慢して打合せをし、いそいそと出向いったら暖簾が下ろされていた。昼は午後2時あたりで閉めてしまうらしい。

今日も11時に日本橋に出向いた。写真はその際に撮ったものだが、この時間ならご覧のように空いている。しかしこの時間にラーメンを食す気にはなれない。
帰りに前を通れば、やはり行列だった。いつになったら賞味できるのだろう。

未だ完治せず

昨日、約50日ぶりにボールを蹴りに行った。
まだ微熱が残り、目眩と一部視野の欠落があるので、髄膜炎は完治してはいないと思うのだが、ジッとしていても治らないなら少し運動してみようと思ったからだ。前夜のバーレーン戦で日本の勝利を観て、ボールを蹴りたくなったこともある。

視野の中心から右側の一部分が欠けてしまうので、先々週のコンペではゴルフボールが半月状にしか見えず苦労したが、それより大きなサッカーボールでは気にはならなかった。
しかし、やはりダメだった(~_~;) 足元が安定しないからボールが足につかないのだ。ドリブルをしたらボールを踏みそうで怖かった。しばらく運動していなかったせいか、腰も弱っているようで反転も上手く出来ない。

途中から雷雨になりグランド使用が出来なくなったので、わずか40分ほどしかボールには触れていないけれど、私には丁度良かったのかもしれない。少しずつ体調を取り戻していきたい。


我が愚息達

「近頃の若い連中ときたら……」という科白を聞かなくなった。十数年前には爺様たちのこの言葉を良く耳にしたものだ。

私もバカな若者を見る度に「近頃の若い連中ときたら……」と、出来うることなら当の本人に小言の一つも言ってやりたいのだが、怖いのでグッと堪えている。
それでも我が愚息達は「いつか父さんはバカな奴に刺されるか大怪我するか、下手をすると殺される」と物騒なことを言う。どうも昔の血の気の多かった頃の私の印象が強いようだ。確かに昔はよく喧嘩もしたし、悪ガキを見つけると知らぬ他人の子供だろうが叱ることもあった。
が、現代では何を考えているのかサッパリ想像もつかない輩が多いので静かにしている。まだ死にたくはないので。

それにしても、やはり礼儀のなっていない若者がやたらと目に付く。電車の座席に浅く座り大股開き、混雑していようがお構いなしに足を組みヘッドフォンからは音符ズンチャカ音符ズンチャカと騒音を撒き散らかし、見るに女子高生のような子供が水商売の女性のようなファッションで平然と公衆の中で化粧をする。
いったいどんな躾をしてきたのか親の顔が見たいと思う。その様な姿、行為を見て平気なのだろうか?

とは言うものの我が愚息達は私の目の届かない所では何をしていることか……。少々心配ではあるけれど信じるしかない、我が子だから。信じているから、万が一“何か”をしでかしても「ウチの息子に限って…」などとは絶対に言わない。子供達の言い分を私は信じるだろう。

そんな心配な愚息達も、何とか大学に入ってくれた。先に出てきた愚息NO.1は、来年には社会人だ(予定では(^_^;;;  )。愚息No.2も多分あと2年で卒業できるだろう。

学生時代の私は家にいた記憶が無いのだが、我が息子達は出ていってくれ、と言っても家にいる。お陰で夫婦水入らずの旅行が出来るのは嬉しい限りなのだが、父親としての私は、もっと見聞を広めて欲しいと願っている。家を出ていって欲しいのだ。出来ることなら若いうちに日本を飛び出して欲しいのだ。













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